IPPNW報告

IPPNW大会


IPPNW(International Physicians for the Prevention of Nuclear War、核戦争防止国際医師会議)とは?

医療者の立場から核戦争防止のための活動を行う組織で1980年に設立され、現在62ヵ国に支部がある。1985年にはノーベル平和賞を受賞した。2年に1度の世界会議を開催しているほか、2007年から始まった核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN、International Campaign to Abolish Nuclear Weapons)には立ち上げ当時から賛同している。

“つながり”を感じたIPPNW世界大会植田大樹

植田大樹医師

IPPNWとの出会い

IPPNWを初めて知ったのは、2011年4月29日でした。当時はまだ学生でしたが、東日本大震災が起こって、2週間ぐらいのときに、学生のD-MATとして福島県いわき市で活動をしていました。今も、福島には年に1回は行っています。

その時に、世界の医者たちの団体が高木義明文部科学省(当時)に福島についての手紙を出していると聞き、読ませてもらいました。内容は、EBMにのっとった医学的な対応をしていないことや、特に子どもたちの被ばくの危険性を示唆するというシンプルなものでした。日本にいても何が正しくて何が間違っているのかということも分からない中で、世界から声明が出ることに感動したのと、そもそも平和を目指す医者の団体があることを知ったことに感動したのを覚えています。

耳原総合病院で研修を始め、IPPNWに参加させてもらえることが分かって、これは参加したいと思って参加しました。


ワークショップの様子1

一番の収穫は“つながり”

今回の最大の収穫は、日本の皆さんや世界の医者、医学生たちとの新たなつながりができたこと、そしてこれまでのつながりの再確認が出来たことかなと思います。

僕は海外に行くのが好きで、途上国に行って医療の現場を見させてもらうなどします。海外に行くといつも感じるのは、日本人は日本人だけでかたまります。だから、海外に行くと日本人というだけでつながりができて、仲良くなれてしまいます。集まった日本人が外に向くと、1人では内向的で出来なかったことが出来るようになるのかなと思っているのですが、今回のIPPNWはそうだなあと感じました。私たち以外にも数人の日本人が参加していたのですが、日本人どうしが知り合いになって、その友だちに海外代表を紹介してもらい、輪が広がっていったのがよかったと思います。


日常会話で平和や戦争を考える

世界の人たちと話をして、海外の人の政治や戦争、核問題への意識の高さを垣間見ることができました。日常会話の中で核問題や平和のことを聞かれるので、僕ははっきりとした自分の考えも持っておらず、さらに英語による難しさも感じながら会話をしていました。日本は広島・長崎の原爆から福島の原発事故と、世界にも例を見ない体験をしていると思うのですが、核問題に問題意識を持てていたかなというと、そんなに持てていなかったなと思いました。震災直後に福島に行き、その中でも少しは考えようと努力はしてきたけれど、世界に出るとまだまだだなと感じました。


身近に感じて考える

 帰国後、職場の研修で立命館大学国際平和ミュージアムに行きました。ただ話を聞いているだけだと興味を持てませんでしたが、“つながり”を意識するととても興味深く話を聞けました。もちろん、IPPNWの経験があり、戦争や平和への関心が高くなっていたこともあります。それだけでなく、目の前で話をして下さっている人は、どんな思いで話をしてくれているのかと考えると、すごく身近に感じられました。戦争は昔の話ではなく、自分のこととして考えていければいいのかなと思います。同世代のみんなと一緒に戦争や平和について考えていければいいなと思います。


学んだからこそ研修も頑張れる

カザフスタンでは、参加者の印象に残ることをしようと思い、着物を着て、お土産に扇子を持っていきました。とても好評でした。カザフスタンの大会会長とは何度も写真を撮りました。

今回、IPPNW世界大会に参加することを応援して下さっているスタッフの気持ちがうれしくて、今までのつながりを再確認ができました。今までのつながりを大切にしながら、研修をがんばりたいと思います。


折り紙




IPPNWとFukushima來間愛里

來間愛里医師

IPPNWとカザフスタン

IPPNWは医療者の立場から核戦争防止をめざし、活動することを目的として核兵器の使用が人類にもたらす影響などについて調査や報告などを行なっています。今回、私たちが参加した世界大会というのは、2年に1度行われるもので、前回は日本で開催されました。

今年の開催地は、旧ソ連時代に核実験場として456回もの核実験が行われたカザフスタンでした。カザフスタンは日本人にはあまりなじみのない国かもしれませんが世界地図を見てみると、日本から意外に近く時差も3時間しかありません。人口は1600万人、とても自然豊かで地下資源に富んだ国でもあります。大会が開催された首都アスタナは、1997年にシルクロード要衝の地アルマトイから遷都したばかりの新しい都市です。言葉はロシア語とカザフ語で、皆とてもフレンドリーに話してくれました。通貨はテンゲで、日本より少し物価が安いという印象でした。


IPPNW世界大会

8月29日に韓国の仁川空港経由でアスタナに向かいました。会議は3日間行われました。初日は開会式と現在の核兵器の状況や放射線の影響などの総論、2日目は各国の取り組みや実際に放射能の影響についてなどを深めた各論、3日目は今後の取り組みの提起や閉会式を行いました。会場には、それぞれの国が用意したワークショップや展示ブースなどがありました。

日本の代表団もワークショップを開きました。日本のワークショップは「Health Effects of the Fukushima Disaster」がテーマでした。眞鍋先生は、「PANWは原子力規制委員会の声明に反対する」というテーマで話されました。また、チェルノブイリや福島の原発事故の実態について現地で調査されている獨協医科大学准教授の木村真三先生が福島の現状について話され、講演後には質問も飛び交い盛り上がりました。また、日本の展示ブースでは、広島や長崎の写真を展示して、歴史や現状を伝えました。私たちはブースを訪れる外国の方と折鶴を一緒に折るなどして交流しました。

ワークショップの様子2

IPPNW世界大会に参加して

今回、私が参加したきっかけになったのは、福島原発事故の避難者健診をしたことです。福島から避難してきた方々の思い、福島県外から避難している方がいることへの驚き、皆さんが身体の不調を訴え不安を抱えているのに、医療者として話を聞いて検査結果を説明することしかできない悔しさ…。自分の知らないことの多さに驚き、何か知りたいと思っていた時にIPPNW世界大会に誘っていただきました。大会中は平和とは何か、私はここで何を学べばいいのだろうといろいろ考えさせられました。

そしてカザフスタンから帰国して1か月後の10月に私は福島県を訪れました。福島の現状を知りたかったからです。いわき駅に着いたときは、3年前に地震と原発事故が起こったとは思えないような整然とした街並が広がっていました。しかし、一歩30km圏に入ったとたん、今現在も住人がいないまま取り残された海沿いの家々、津波で曲がったガードレール、ほんの少し前まで誰かが住んでいたようなのに誰もいない町の不思議な雰囲気。放射能の影響で復興が進まない場所を見て、これが現実なのだと思いました。

今回、福島を訪れた目的のひとつは、原発から27kmにあるにも関わらず、市の政策により高濃度汚染地域でありながら避難準備区域を解除された山あいの小さな集落の人々と交流してきました。生活に制限がある中でも、毎日を丁寧に明るく楽しく山の人たちは愛する福島の土地とともに生きていました。自分たちの平和を求めて頑張っておられました。IPPNWと福島での経験を通してたくさんのことが頭の中を巡りました。正直、まだあまり整理が出来ていません。ただ1つはっきりと思うのは、私たちは真実を知る必要があるということ。そして、それを皆に伝えていくということ。今起きていることは遠い世界で起こっていることじゃない、自分のすぐ近くで起こっていることなのです。