肥田舜太郎先生、日野原重明先生 追悼関連リンク集

肥田舜太郎先生

肥田 舜太郎(ひだ しゅんたろう、1917年1月1日 - 2017年3月20日)
1944年陸軍軍医学校卒。軍医少尉として広島陸軍病院に赴任。1945年8月6日原爆被爆。被爆者救援にあたる。1953年全日本民医連の創立に参加。全日本民医連理事、埼玉民医連会長、埼玉共同病院院長などを歴任。本被団協原爆被害者中央相談所元理事長。この問、海外渡航32回延べ33カ国で被遠の実態を語り、核兵器廃絶を訴える。2003年にはドキュメンタリー映画『ヒバクシャ・世界の終わりに」(鎌仲ひとみ監督)に出演。最近では原煩症認定集団訴訟で証人辱問に立ち、被爆者支援を積極的に行っている。主な著書に「広島の消えた日」(日中出版)「ヒロシマを生きのびて」(あけび書房)などがある。

肥田舜太郎先生

日野原重明先生

日野原重明(ひのはら しげあき、1911年10月4日 - 2017年7月18日)山口県生まれ。1937年京都大学(当時は京都帝国大学)医学部卒業。1941年聖路加国際病院に内科医として赴任。1942年京都大学大学院修了。1951年米国エモリー大学に留学。1973年(財)ライフ・プランニング・センター設立。1992年聖路加国際病院院長に就任。現在同名誉院長、理事長。医学教育学会名誉会長、看護大学名誉理事長、音楽療法学会理事長などを歴任。全国の大学の参与も務めた。2007年日本ユニセフ協会大使に就任。2010年コルチャック功労賞受賞。専門は循環器内科、予防医学、健康教育、医学教育、看護教育、終末医療、老年医学、生命倫理。著書に『死をどう生きたか』(中央公論 1983年)、『フレディから学んだこと』(童話屋 2000年)、『生きるのが楽しくなる15の習慣』(講談社プラスアルファ文庫 2005年)など。

日野原重明先生