研修医マガジン

院内の重症感染症を全例把握する「日本一優しい感染症医」京都民医連中央病院 山浦義貴 医師

京都民医連中央病院の感染症科医・山浦義貴医師がインタビューに答える様子

文系高校生から医師の道へ。京都民医連中央病院・総合内科の山浦先生は、院内の重症感染症をすべて把握する感染症のスペシャリスト。仲間からは「日本一優しい感染症医」と呼ばれる先生に、診療で大切にしていることや、京都民医連中央病院の研修の魅力を伺いました。

文系だった高校生が、医師を目指す

医師を目指されたきっかけを教えてください。

子どもの頃に小児喘息で入院を繰り返していて、医療の現場が身近でした。お医者さんや看護師さんはかっこいいな、という素朴な印象はずっと持っていましたね。ただ、文系科目が得意で理系科目が壊滅的だったので、高校時代は文系にいたんです。

それが途中から、生物学がすごく楽しいと思うようになって。生物を仕事にできたらいいな、という気持ちと、子どもの頃の経験が重なりました。人の体の生理や構造をしっかり勉強して、自分が興味を持ったことを患者さんに還元できるのは、すごくいいんじゃないか、と。そこから改めて目指し始めた感じです。

医学部入学前に思い描いていた医師像と、今の姿にギャップはありましたか。

入学するまでの医師像って、解像度がものすごく低いんですよね。「患者さんを救うんだ」ぐらいの、ふわっとした憧れで入る人が多いと思います。親が医師というわけでもなかったので、私もそうでした。だから大きなギャップというよりは、実習や研修でいろんな先生の働き方を見ていく中で、自分の医師像が少しずつ定まってきたという感じです。

総合内科に「ラストマンシップ」を感じた

ソファに座り、身ぶりを交えて話す山浦義貴医師

様々な科がある中で、総合内科を選ばれた理由は何だったのでしょうか。

初期研修の頃からこの病院でお世話になっているのですが、総合内科の先生方が、本当に尊敬できる方ばかりだったんです。「こんな先生になりたい」と思ったのが一番大きいですね。

複雑な問題を抱えた患者さんをよく診る科なんです。社会的な問題もありますし、高齢の方が多いので内科的な問題も多い。それを一つひとつ解きほぐして、何とか診てやろうと。面倒だから他に回したい、と思ってしまいがちなところを引き受けよう、という思いのある先生が多いなと思いました。総合診療でよく言われる「ラストマンシップ」ですね。

院内の重症感染症は、すべて把握している

現在は、どのようなお仕事をされていますか。

所属は総合内科で、入院患者さんを常時12人ほど担当しています。当院では総合内科が入院の窓口になっていて、どの科にも当てはまらない方や、まだ何の病気かはっきりしない方を診ています。実はここが大部分なのですが、そこを引き受ける科です。

検査室で顕微鏡をのぞく山浦義貴医師

もう一つの柱がICTです。血液培養が陽性になったものは、すべて当科から主治医に返します。抗菌薬の選択も、用量も、治療期間も、こちらの推奨で動いてもらっているので、病院の重症感染症は全部私が把握しているという状態ですね。内科だけでなく、外科の術後感染症や、泌尿器科の閉塞性腎盂腎炎なども診ています。

診療で大切にされていることを教えてください。

感染症に関しては、なるべく根拠に基づいた診療を心がけています。定評のある教科書を参照する、信頼性のある二次文献や、元の論文まで遡り、その上で提案する、という順序です。診療をしていると、「念のため」で治療が重くなりがちなことがあるんです。かといって、過小な治療になってもいけない。その一番いいところを探しながら、というのは常に意識しています。

患者さんとのやりとりで嬉しかったエピソードはありますか。

感染症の患者さんは、だいたい救急で来られるんですね。最初は熱があってぐったりしていて、本当にしんどい状態です。それが適切な抗菌薬の使用ですごく元気になって帰られる。外来で会うときは、入院していた頃と全然違う姿なんですよ。

そういう患者さんから「先生のおかげで元気に戻れたよ」とか、「最近こういうことを頑張っているよ」とか、日常の報告をしてもらえるのはすごく嬉しいですね。飼っている猫ちゃんの近況を聞かせてくださる方もいます。

病気を治しても、基盤は生活にある

京都民医連中央病院の外観と正面入口

民医連の病院でだからこそ出来ていると感じることはありますか。

一番感じるのは、経済的な状況で治療の選択肢が狭まらないということです。

たとえば難治性のリウマチで、生物学的製剤を使いたいけれどお金の問題で使えない、という方がいらっしゃると思うんです。当院では無料低額診療事業が適用になることがあるので、そういう治療も導入できる。つい最近も、生活が立ち行かなくなりつつあった方に自己注射の生物学的製剤を入れて、いま痛みが取れつつあります。

もう一つは、社会的な困難を抱えた方の生活調整を、投げ出さずにやること。住まいのない方について、行政と連携して住居の準備を依頼したこともありました。

その分、入院期間は長くなったりもするのでしょうか。

なりがちですね。ただ、メインの病態を良くして返しても、生活が整っていなければ、また戻ってくることになりますから。一般的な急性期病院だと、問題が解決したらパッと退院になって、また困難な生活の中で立ち行かなくなる、というパターンもあります。そういうことが起きないように、かなり整えてから返すというのが、この病院の特徴です。患者さんが困難であればあるほど、生活の部分も見ようと心がけています。

スムーズな多職種連携と情報交換の大切さ

検査室でスタッフと培養皿を確認する山浦義貴医師

多職種との連携で、意識されていることはありますか。

とにかく話しかけやすい医師であろう、と思っています。忙しいときに相談されると、つい「今ちょっと」と言いたくなるんですが、その気持ちをグッと抑えて、しっかり対応する。

高齢の方が多いので、廊下で行き合ったSTさんに「あの人の嚥下どうですか」と聞いたり、逆にフラッと報告してくださったり。ソーシャルワーカーさんは退院に関わるところで一番頼りになりますし、看護師さんはご本人の状況やご家族のキャラクターまで、かなりアンテナを張って拾ってくれます。話しかけやすい人でいるだけで、いろんな情報が勝手に集まってくるので、すごく働きやすくなるんです。

多職種の視点で、治療方針が変わることもありますか。

週に1回、病棟で患者さんについてのカンファレンスをしていて、方針が変わることは本当によくあります。「食形態はこれ以上戻せない」となれば転院先に問い合わせが必要になりますし、ADLが思ったより落ちていれば、まず家の状況に介入しないと返せない。入院のゴール自体が修正されるんです。

「最終責任は取るから」と言ってもらえる研修環境

研修時代を振り返って、どんな2年間でしたか。

研修医は私の代が5人で、少人数です。医師の数も大規模病院に比べれば多くはありませんが、逆に言うと、かなり密接な指導を受けられるのが大きな魅力でした。

医局の垣根がないので、病院全体で研修医を育てようという感じなんです。「2年経ったら、この人はうちの同僚になるかもしれない」という真剣さがあります。手技も、きちんと予習をしてくればある程度どんなものでも監督のもとでやらせてくれる。かなり実践的な研修だと思います。

研修プログラムの特徴を教えてください。

1年目の最初の半年間は、必ず内科をローテーションします。内科がすべての医療の基礎なので、そこを固めてから他を学ぼう、という考えで作られているんですね。その後は外部の提携病院も多いので、かなり自由に回らせていただけます。私は日赤のICUを回りましたし、民医連系列の総合診療科でも勉強させていただきました。

指導医の先生方は、どのような方々でしたか。

共通しているのは、皆さんとても温かく教えてくださること。そして、放っておかないことですね。「計画だけ立てさせて、あまり関わらない」という指導があるとも聞きますが、そういうことはありませんでした。

山浦義貴医師と指導医の井上医師が並んでインタビューに応じる様子

今も「最終責任は取るから自由にやったらいい」と言っていただいていたり、本当に心強いです。複雑な病態は若手だけではマネージしきれませんし、自分で判断していいのか踏ん切りがつかないこともあります。そういうときに相談してディスカッションすると、勇気が出るんですよね。

指導医 井上先生から

井上先生から見て、山浦先生はどんな方でしょうか。

採用のとき、私が面接官をしていたんです。非常に丁寧で、人間をすごく尊重している雰囲気がある。面接を長くやっているとそういうところは分かるのですが、それが一目で伝わってきて、「ぜひ採用してほしい」と強く言いました。

仲間うちでは「日本一優しい感染症医」というキャッチコピーがついています(笑)。感染症はこれまで日本で十分な教育がされてこなかった領域で、いま教育を受けた世代が入ってきて診療は本当に良くなっているのですが、その過程で「今までのやり方は違う」と上から言ってしまい、摩擦が起きることもある。山浦先生は、その辺りが非常にうまいんです。

そしてとにかくフットワークが軽い。グラム染色で菌を見つけるのが感染症診療の基本の仕事ですが、「じゃあ今から一緒に見ようか」と、すぐ顕微鏡を覗きに行ってくれる。実際に感染症の知識もすごく持っておられて、なくてはならない人材だと思います。

親しみやすさも山浦先生の魅力なんですね。

そうなんです。関わっていくと彼はむちゃくちゃ魅力的で、本当に感染症のことが好きなんだと思うんですよ。外部研修から送別されるときに記念の品をいただくことがありますよね。たいていは病院のロゴが入ったものだったりするのですが(笑)、彼が研修先からもらってきたのは、グラム染色のプレパラートを使った飾り物でした。また別の病院からは、ブドウ球菌のぬいぐるみ。ご自宅には1メートルほどのサナダムシの標本を保管しているそうです。もう、その道が本当に好きなんだなと。

ソファに座り、笑顔で語り合う山浦義貴医師と井上医師

そして、困った時は自分で抱えてしまわず「こんな患者さんがいるんですけど」と、とりあえず言ってくれること。それがいちばん嬉しいです。

経験が自信につながり、これからの挑戦にむけて

「やっていける」と思えた瞬間はありましたか。

4年目、5年目と外部の病院で研修させていただいたときですね。他院の専門性の高い先生方から「先生は基礎ができているね」と言っていただけることが、何度もあって。それで、この病院で頑張ってきた道は間違っていなかったのかな、と思えたんです。

5年後、10年後、どんな医師になっていたいですか。

感染症の専門性を、どこかできちんと身につけたいと思っています。HIVや免疫不全、それからマラリアやデング熱といった熱帯医学の領域にも行きたいですね。

今年の2月には、タイの熱帯医学の短期研修プログラムに1週間参加してきました。京都は渡航歴のある患者さんや外国人の患者さんがいらっしゃるので、せめて基礎知識は持っておきたくて。アフリカ帰りの方で熱があって普通の検査で引っかからなければマラリアがありますし、東南アジア帰りならデング熱がある。学び続ける姿勢を持って、今より成長した姿でいたいなと思います。

緑色のスクラブ姿でソファに座る山浦義貴医師

最後に、これから研修先を選ぶ先生へメッセージをお願いします。

優しい環境で、楽しく一緒にやっていけたらいいなと思っています。うちに入ってくれたら、内科的な知識はしっかり入りますし、手技もできるようになる。そこは心配ないので、まずは飛び込んでもらえたら、それぞれが思う「いい先生」に近づいていけるんじゃないかなと思います。

PROFILE
山浦義貴

山浦義貴

やまうらよしき

京都民医連中央病院 総合内科 感染症科 医師

出身大学 兵庫医科大学

・だんだん仕事の全体像がみえてくる
・今はできないことも、必ずできるようになる
・周りを頼りながら安心して研修しよう

掲載日:2026年10月28日 /更新日:2026年10月28日

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