民医連の初期研修について
全日本民医連医師部
全日本民医連医師研修委員会
【2】わたしたちのめざす医師像とは
【3】民医連が大切にしていること
【4】民医連の初期研修の特徴は以下の5つです
【5】具体的な研修の進め方
【6】民医連の後期研修を視野に入れて
【7】最後に
現行の研修制度は、2004年に開始されました。研修の理念には、「プライマリ・ケアの基本的な診療能力を修得すること」「医師としての人格を涵養(=水が土にしみこむようにゆっくりと養い育てること)し、医学及び医療が果たすべき社会的な役割を認識すること」とあります。この理念の背景には、それ以前の研修の問題点として、「地域医療との接点が少なく、大学病院やその関連病院での研修が中心で、専門診療科に偏った研修が行われ、研修内容や評価が不十分」(厚労省ホームページ;医師臨床研修制度の変遷)があげられていたことがあります。卒前教育や研究の場として大学病院の位置づけの重要性は変わりませんが、初期研修の理念に照らして、学びの場としての地域の病院の役割が大きくなっています。 熱意に溢れた指導体制のもと、地域の病院でこそ育つ診療能力を身につけたい、患者さんの生活背景を通して、より良い社会のあり方についても考えたい、そのような研修を希望する医学生のみなさんに、民医連での初期研修をお勧めしたいと思います。
- ①臨床研修制度の到達目標に設定されている医師としての基本的な診療能力を修得し、省察と生涯学習の習慣を身につけます。
- ②人間の尊厳や多様性を重んじること、差別や偏見を許さない姿勢を貫くこと、をすべての場面で何より大切にします。
- ③疾病を労働と生活の場からとらえる視点を養い、心理社会的な背景も含めて、患者の抱える困難の解決を目指します。
- ④患者が健康に生きる権利を守ることを意識し、安心して暮らせるまちづくりにも貢献します。
- ⑤患者が地域で暮らす生活者であることを意識して、医療、介護、福祉の連携などチームアプローチができることを目指します。患者を治療するのみではなく、生活と人生に寄り添う切れ目のない医療・介護活動に多職種のチームで取り組むこと、わたしたちはこれを主治医能力と表現しています。さらに、豊かな人間性や社会性を身につけること、人間的にも成長できることをめざします。
現代の社会問題として、格差と貧困、少子高齢化社会の2つがあげられます。このような社会の中で、受診したくても費用負担の心配から受診できない人々も増えています。2020年のコロナ禍は、保健所機能や国の感染症対策、医療供給体制の脆弱さを浮き彫りにし、社会保障制度の充実を求める声が国民、様々な医療団体から出されています。
民医連の医療観として、①まず人権や個人の尊厳を大切にすること、②いのちの平等を掲げ、公正な医療をめざし、誰もがお金の心配なしに医療にアクセスできるようにすること(具体的に、入院差額室料をとらないことや無料低額診療事業(注1)に取り組むこと、社会保障制度の改善をめざすこと)、③患者地域の方々と健康を守る取り組みを進めること、④健康を阻害する社会的要因(SDH(注2))の改善や研究活動に取り組むこと、⑤健康的な暮らしの前提となる地球環境保全や平和を守ること、などがあげられます。わたしたちはこれらの視点を「医療介護活動の2つの柱」(注3)としてまとめ、日々の診療活動の指針としています。
民医連の研修病院は中小規模のベット数ですが、そのメリットとして、豊富なcommon diseaseの経験ができること、病棟から外来や往診へと継続した診療を経験できること、多職種から学べること、アットホームな環境などがあげられます。
民医連は、研修病院を中心に、診療所や訪問看護・介護事業所、高齢者施設など様々な関連施設を持ち、地域包括ケア時代にふさわしい医療介護福祉の複合体として発展してきました。患者は病院を離れれば地域で暮らす生活者であり、安心して健康に暮らすための支えは、医療のみでなく、様々なサポートが必要だからです。それらすべてを研修のフィールドとして活かし、患者が暮らす地域や生活を視野に入れた研修を行います。
②多職種のサポート、チーム医療の中で育つ 治療においては、栄養管理やリハビリ、倫理的な判断、医科歯科連携など多面的なアプローチが重要です。看護師やMSW(メディカルソーシャルワーカー)、セラピストなどとチームの中で学びを深めます。また、退院調整や在宅生活を視野に入れた院外の介護福祉との連携アプローチも求められます。また、研修担当事務を医局に配置し、研修を円滑に進めるためのサポート体制をおいています(後述)。
③役割を担って成長する 患者の診療だけでなく、横断的な診療チーム活動(医療安全・感染対策・緩和ケア・褥瘡・栄養サポートチーム・医療倫理委員会など)への参加や委員会の委員となることを位置づけています。コロナ禍では特に感染対策チームの活動が重要で、基本的な感染対策について学びます。
④地域・共同組織の中で育つ 私たちの病院は、地域の中で健康活動に取り組む共同組織(注4)を連携して、地域の中で健康推進活動を行っています。健康講座の講師や定期的な会合(健康班会)へ通年で参加、様々な催しへの参加など、病院外での活動を通じて、住民が安心して暮らせるまちづくりへ貢献します。
⑤健康の社会的決定要因(SDH)を意識した実践の中で育つ コロナ禍で、貧困と格差の進行が顕在化しています。社会が抱える問題が健康に悪影響しているエビデンスについて学びます。医療のみでは解決できない問題へのアプローチとして、社会的処方や人権擁護活動(アドボカシー活動)(注5)の重要性を学びます。ジェンダー、LGBT、外国人など社会から孤立させられがちな個人の尊厳や多様性を尊重します。
わたしたちは全国に44の基幹型臨床研修病院をもちますが、その研修スタイルの基本は以下のとおりです。
- ①導入期研修から始まるスーパーロート研修
- ②病棟・救急・外来・往診研修の4つのフィールド
- ③地域での研修の重視
- ④カンファレンス・学びの機会の重視
- ⑤人権や環境問題、平和を考えるフィールド活動
- ⑥全国の仲間と共に学ぶこと
- ⑦研修に専念できる環境
- ⑧良い研修システム作りに研修医が主体的にかかわること
2020年の制度の見直しで、外科・小児科・産婦人科・精神科が再び選択科から必修科に戻りましたが、わたしたちは2004年の制度発足時から、研修理念にうたう「プライマリ・ケアの基本的な診療能力を修得する」ためにスーパーローテート研修方式を継続してきました。今回新たに必修とされた外来・往診研修についても、外来は地域の窓、往診は患者の生活を継続して支える場として重要視し、制度発足前より研修のフィールドとして位置づけてきました。 初期研修の時期には、医師としての成長に個人差があります。個々の歩みに寄り添って、無理のない成長を促す体制をとっています。
■導入期研修
医師になりたての研修医のストレスは大きなものがあります。私たちはまずは医師の生活に慣れること、「医師の身体」になることが重要だと考えています。研修当初の数ヶ月を「導入期研修」と位置づけて、医師患者関係を築く上での基礎をここで作ります。看護師研修を含めた他のスタッフ体験から始まり、施設によっては患者体験や地域訪問なども行います。その上で3~5人程度の患者さんの受け持ちからスタートし、病棟での基本的な医師の仕事を実践します。この時期の研修を通じて、チーム医療や地域の人々からの期待、病める人の実態などを体感し、「良い医師になろう」というモチベーションを高めていきます。
■病棟研修
屋根瓦方式の指導体制のもと、研修スタイルは総合診療方式あるいはそれに準じた内科研修でEBMと行動科学的な教育技法を重視しています。指導医は担当患者さんの治療方針などの相談をはじめとして、カルテのチェックや患者・家族面接への同席などその研修医の成長に全般的に役割を発揮します。先輩研修医は2~4年目の医師で病棟の中では日常的に研修医のそばにいて、カルテの書き方や指示の出し方、処置のやり方などを研修する上で「最も聞きやすい相談相手」になります。
■外来・往診研修
プライマリ・ケアの診療能力を獲得する上で重要なものと考えています。ローテート研修の一定期間を使って、週1単位程度実施します。自身が病棟で受けもった患者の診療や、安定した慢性疾患のマネージメントを行い、継続して患者を診ていくことの重要性を学びます。往診は、生活者の視点で患者を診ていくことを重視し、患者の療養を支える上での介護・福祉制度への理解や在宅ケアを行う上での他施設との連携を学びます。
■救急研修
主に1次から2次救急を中心にした救急研修を行います。救急車や当直帯の患者対応の見学から開始し、その後、研修指導医と一緒に診察する研修期間があり、6ヶ月前後で指導医のバックアップ体制の下、ファーストコールで患者さんを診るようになります。救急車のみならず、walk inでも実に多彩で多くの患者さんが訪れる救急外来での診療を経験とBLS/ACLS研修などを通じて、救急診療能力を高めます。
■地域研修
民医連の医療の原点ともいえる住民密着型の医療活動を展開する診療所での診療に参加する中で、慢性疾患管理、保健予防活動、在宅医療、介護事業など総合的な主治医機能を経験します。このほか、共同組織、行政や地域の施設との連携など、地域の医療福祉ネットワークの実際を経験したり、地域住民との懇談会に参加して病院や自分たちへの期待・要望を肌で感じたり、健康講座の講師や検診にかかわることも大切な研修と考えています。また、患者さんを通じて地域や生活環境に問題があると感じた場合に、地域診断フィールド活動に取り組む病院もあります。地域の実態を調査し、必要に応じて行政に働きかけ改善につなげるなどの成果を生む研修も行われています。
■カンファレンス・学びの機会の重視
チーム医療の実践を重視する立場から、医師同士のカンファレンスのほかに、多職種参加型のカンファレンスや臨床倫理カンファレンス(ACPアドバンス・ケア・プランニングを含む)を重視します。地域連携を進める懇談会や、医療安全、倫理、感染対策の講習会参加は必修です。また、院外での講習会や学会参加の保障や、BLS、ACLS、ICLS、といった救急救命処置のコースの受講をすすめています。
■人権や環境問題、平和を考えるフィールド活動
多忙な医療の現場を少し離れて、社会体験を通じて今日に繋がる社会問題について考える機会をもちます。研修医の要望も聞きながら、原水爆禁止世界大会への参加や、ハンセン病、水俣病などの公害、地域の戦跡めぐりなど、様々なフィールド活動を用意しています。
■全国の仲間と共に学ぶこと
わたしたちの研修は、お互いを尊重し支え合って学ぶことを重視します。レジデントデイや研修医ミーティングなどにとどまらず、同期入職した多職種での学習会、病院内の枠を超えて、県、地域、全国での交流や学習会を開催しています。
■研修に専念できる環境・良い研修システム作りに研修医が主体的にかかわること
研修を円滑に進めるための環境を整えています。ハード面のみでなく、ソフト面では、メンターとして医師を配置するのみでなく、研修担当事務を医局に配置し、研修医の悩みや困りごとをサポートする体制があります。ワークライフバランスや院内保育所の設置、女性医師への支援などの取り組みは、研修病院の質を審査する卒後臨床研修評価機構(JCEP)でも高く評価されています。
わたしたちの研修システムは年々進化していきます。そのためには何より研修医の声が反映されることが必要で、仲間と共に自らの研修をよりよく発展させていくための提案を取り入れるシステムを持っています。
私たちは基本的に初期研修の2年間に加え、3年目以降のシニアレジデント研修が一貫性を持って行われることが大変重要だと思っています。プライマリ・ケアの基本的能力を獲得するためには2年間の研修だけでは不十分であり、実は3年目以降の研修が大切です。
この時期は、単に、専門医資格を修得するためだけの期間ではありません。専門分野の研修と平行して、横断的な診療チームに主体的に参加し、チーム医療のマネージメント能力を向上させたり、研修教育に携わることなどで、専門研修を行う前の総合力を深め、医師としての自立と地域医療の担い手としての成長を促す期間と捉えています。後期研修の実際については、以下のページをご覧下さい。
コロナ禍で、医学生の皆さんの中にも、日々も勉強や実習に支障をきたしたり、将来への不安が大きくなっておられる方もおられるかもしれません。先の見通せない中だからこそ、わたしたちの病院での実習を通して、自分のめざす医師像を深めて下さい。 超高齢者社会の到来の中で、地域の多くの病院で、専門しかみれない医師でなく、「総合的な力量を持った専門医」や「サブスペシャリティを兼ね備えた総合診療医」がいっそう求められる時代となっています。 さらに、格差と貧困が広がる中で、経済の問題が命の問題に直結する事態が生まれています。雇止めや休業による生活困窮や無保険の増加、置き去りにされた海外から労働者など、病気になっても医療機関にかかれない人が巷に渦巻いています。わたしたちは、無料低額診療制度(注1)の活用やいのちの相談所活動などを通じて、受療権を守る活動にも取り組んでいます。 現代のキャリアパスに欠けている視点として、「人間の能力が本当に伸びるのは自分のキャリアのためではなく、他者のために働くときだ」(内田樹:神戸女学院大学名誉教授)との指摘があります。このような時代だからこそ、どんな医師になるのか、一生懸命研修して得た力を何のために誰のために生かすのかを改めて問い直して下さい。 医学生・研修医の皆さん、私たちは皆さんの参加を待っています。患者や住民に寄り添い、地域のなかで学び成長し、誰も置きざりにしない社会のめざす一翼を担う、そんな医師になってみませんか。
- (注1)無料低額診療事業
低所得者などに対し、医療機関が無料または低額な料金で診療を行う事業のこと。事業所は第二社会福祉事業の届け出を行い、都道府県知事、政令市・中核市市長の認可で事業の実施が可能。 -
(注2)SDH
健康の社会的決定要因(Social Determinants of Health)の略。健康は、遺伝子や生活習慣だけでなく、その人の社会経済的な地位をはじめとする社会的要因によっても決定される。世界保健機関欧州地域事務局が98年に公表した「Solid Facts(確かな事実)では、社会的決定要因として、▽社会格差▽ストレス▽幼少期▽社会的排除▽労働▽失業▽社会的支援▽薬物依存▽食品▽交通、をあげ、それらが健康に与える影響を説明した。近年、社会疫学の進歩により社会的要因が健康に与える影響について多くの根拠が示されている。また、生活習慣もその人が置かれた社会経済的地位や出生から幼少期までの環境に影響される。 -
(注3)民医連の医療・介護活動の2つの柱
43期運動方針で医療・介護活動の新たな「発展期」をつくり出していく上で2つの柱として実践を呼びかけた。第1の柱は「貧困と格差、超高齢化社会に立ち向かう無差別・平等の医療・介護の実践」第2の柱「安全、倫理、共同のいとなみを軸とした総合的な医療・介護の質の向上」 -
(注4)共同組織
共同組織は、医療生協組合員、健康友の会会員などの総称を表している。第38回総会で決定した新しい民医連綱領では、平和や人権を守る活動を共同組織とともに進めることを明記している。支部・班会を基礎に健康づくりや助け合いの運動や事業所運営に参加している。 -
(注5)アドボカシー活動
権利を阻害された人たちのための権利擁護の活動。自らの専門性や影響力を用い、当事者の代弁・行動だけでなく、患者団体やコミュニティーと共に活動すること。2つの水準があり、1つは、個々の人のための権利擁護の活動で、障害者の権利擁護といったこと。また、病院が患者の苦情に応えるのもアドボカシー活動の1例。もう1つは、公共的な課題の解決や具体的な政策目標の実現のために広く社会と政策決定者および同決定プロセスに働きかけること。政策立案者への専門的な提案にとどまらず、まちづくり活動や社会保障運動など変革とたたかいの視点を持つことが重要。