病院との出会いは遡ること二十数年前
私の働く愛媛生協病院は80床の急性期病院で、「日本で一番小さい臨床研修指定病院」と言われています。私とこの病院との出会いは遡ること二十数年前、小児科へ連れてこられた幼い私は、熱にうなされながら白い悪魔(白衣を着た小児科医である現院長)に注射を打たれそうになり、「痛いことしたら泣いちゃうよ」と脅し文句を言いました。すると悪魔は動じることなく、「泣いても痛いの変わらんよ〜」と真顔で答え、情け容赦なくブスッと一突きしたのです。
泣いても喚いてもどうしようもないことが世の中にあるのだと悟る貴重な経験でした。母が職員だったこともあり、それからずっと私のかかりつけはこの病院です。高校時代に「高校生1日病院体験」の企画に参加し、医師という職業に興味を持ちました。愛媛大学医学部に進学し愛媛民医連の奨学生となり、卒業後愛媛生協病院に入職し、初期研修を終えて家庭医療後期研修医となり現在に至ります。だいぶ端折りましたがこうして私と病院はいっしょに歩んできたわけです。
検査や薬剤の費用負担も考えてオーダーを出すことも重要なのです。
最近同級生の結婚ラッシュが続いています。ご祝儀などで出費はかさむものの、他病院の医師達と話ができる機会はとても貴重です。その中で、外来カルテが回ってきたらまず何を見るかという話題になりました。たいていは主訴、バイタルサイン、既往歴、他院での服薬内容などが挙がるのですが、私は迷わず「住所と保険!」と言いました。残念ながらあまり賛同を得られませんでしたが、家庭医としてはとても重要な視点だと思っています。
住所を知ることでその患者さんがどうやって通院しているのか、連れてきてくれる家族はいるのか、頻回に受診ができるのか、近くに買い物できる場所があるのかなど生活背景を考えるきっかけになります。そして保険です。医療費が何割負担なのか、ひとり親家庭や重度の心身障害児・者、生活保護世帯の方の場合には、これまた違う視点が必要になります。必要な検査や処方はしなければなりませんが、検査や薬剤の費用負担も考えてオーダーを出すことも重要なのです。
答えを出すのは難しく、考え続ける毎日です。
忙しい毎日ですが、時々思い出す患者さんの言葉があります。医師としての私の原点だと思っていますが、前述した高校生1日病院体験で出会った患者さんの一言です。その日はとてもよく晴れており、明るい病室の中、車いすに座った高齢の男性患者さんの足浴をしながら世間話をしました。その患者さんの顔も名前ももう思い出せませんが、彼がしみじみと言った「わしはここしか知らんけど、ここが一番ええ。先生も看護婦さんもみんな優しい。神様みたいじゃ」の一言は忘れられませんでした。
そして時々自分に問いかけます。今の自分、今の生協病院に対しても、彼はそう言ってくれるだろうか? と。医療を取りまく状況は年々厳しくなり、医師不足も深刻で、研修医ですら病院経営を考えなければならなくなってきています。そんな中、患者さんやその家族が置き去りにされているのではないか、自分は本当に安心できる医療を提供できていないのではないか、と感じることがあります。ではどうすれば良いのか? 答えを出すのは難しく、考え続ける毎日です。
答えが出なくても考え続けることこそが大切
皆さんに伝えたいことは2つです。考える医師になってほしいということ。そして優しい医師になってほしいということです。私にとってあの男性患者さんの一言がそうであるように、皆さんにもきっと原点・出発点があると思います。この先迷うことや辛いこともたくさんあると思いますが、その時の気持ちが自分を支えてくれます。答えが出なくても考え続けることこそが大切なのではないでしょうか。そしてこれが一番難しいのですが(汗)、どんな時でも患者さんにもスタッフにも優しくいられる、そんな「強さ」を持ってほしいと思います。
Profile
○所属:愛媛民医連/愛媛生協病院/内科・家庭医療科/後期研修医(2008年4月~)
○経歴:2006年3月 愛媛大学医学部卒、2006年4月 愛媛生協病院(初期研修医)
○趣味:漫画、子どもの絵本集め
○医学生へ一言:「その人の全部を診たい」と思い家庭医療の研修を始めて早5年。その奥の深さに圧倒される毎日ですが、とても充実しています。家庭医療に興味のある方は是非見学にきてください。