民医連の考える専門研修、ここがポイント

はじめに

2018年から新しい専門医制度が始まり、2021年春に初めて新制度のもとでの専門医が生まれます。これから専門研修に進む皆さんが、実際に医師として活躍する頃に、日本はどうなっているのでしょう。

一つは、人口減少社会とともに、一層超高齢化に向かうことです。4人に1人が高齢者、75歳以上の超高齢者が3500万人となる2025年からさらに、2040年まで高齢者人口は増加していきます。高齢者を診療する力量はほとんどの診療科で必須になります。

もう一つの特徴は、貧困と格差が拡大していく社会になっていることです。コントロール不良の糖尿病患者さんがインスリンを間引いて打っていたり、自分で動けなくなって救急搬送された患者さんが、「お金がない」と受診を我慢していたり、などは決して珍しいことではありません。

ひとり親世帯の相対的貧困率※1は48.1%、65歳以上高齢者の貧困率は27.0%となっています(2018年)。所得格差を表す「ジニ係数※2」は、日本はOECD加盟41か国中でワースト8位となっており、所得の格差は健康そのものの格差にもつながることがわかっています。

さらに、新型コロナウイルス(SARS-Cov2)をはじめとした新興感染症の出現や気候危機など、世界的に大きな変化に際しても、医療の専門職である医師の姿勢が改めて問われる時代と言えます。 こうした社会状況の中で医師として期待されている役割を果たすことができるように、私たちは以下の医師像を描き、それを獲得できる専門研修を作っています。



どの専門科であれ、主治医になれる「総合性」を身につけます

皆さんがイメージする専門研修はひたすら自分の専門分野の疾患に限って、経験と技術の修練をしていく姿かもしれません。何科であろうと必要な専門分野の経験を積むことはもちろん大切ですが、その中で「生活者である患者」「多疾患併存の患者」に向き合っていることを見失ってはいけません。

持っている疾患それぞれに担当する医師が存在し、「担当医」はいても「主治医」不在の状態がしばしばみられます。総合診療医はもちろんのこと、内科、外科、小児科、産婦人科、整形外科、精神科など、どの科を専門にするにしても、患者さんの「主治医」になる資質を持つことが求められると、私たちは考えています。そのために総合性を基盤に持つことが必要で、それは専門研修の全期間を通して意識して身につけていくものです。

  • 「まず診る」「まず聴く」姿勢で、何科であっても遭遇する頻度の高い訴え、症状、疾患に対して 求められるアセスメントを行い必要なガイドを行う
  • 患者さんを疾患だけからとらえるのでなく、生育環境や家族・労働を含めて全人的に把握する
  • 患者さんの人生の伴走者として、ヘルスプロモーション※3やACP(アドバンス・ケア・プラニング)※4を行う
  • 他のメディカルスタッフが生き生きと力を発揮できるよう、患者・家族とともにチーム医療を推進する
  • 患者さんが健康に生きる権利を守る
  • 健康なまちづくりのために地域の様々な個人・団体と一緒に、積極的に関わっていく
  • みずからの実践を振り返り次へと成長できる

民医連の基幹型病院は地域に密着して医療活動を行っており、診断のついていない多くの問題を抱えた救急患者の受け入れ、多疾患併存・複雑困難な患者、退院調整の役割や緩和ケアまで幅広い診療を担当しており、主治医として高いレベルの研修を行える条件が整っています。

専門研修を終えると、指導医がいなくなりますが、医師としての成長はそこで止まるものではなく、自ら学習目標を設定し成長を続けていく必要があります。その際に必要なのは自分自身を振り返り、課題を見つけ成長していく「省察的実践家※5」としての能力です。



地域の中で、多職種のチームの中で成長できます

医療は医師―患者関係だけで成り立つものではありません。患者さんの医療やケアに関わっていく他のメディカルスタッフそれぞれの力を引き出し、チームとしてのパフォーマンスを高める役割が医師には求められます。

そのために必要なのは、「総合性を基盤として持つ専門医」のロールモデルである指導医、専攻医の成長を支える多職種、そして地域だと考えます。民医連では看護は看護だけ、リハビリスタッフはリハビリだけといったような、自らの専門のことだけで関わるのではなく、患者さんの問題解決にとって必要なことは専門とする領域を超えて関わっていくチームを目指しています。そうした場で研修を行っていくことで、医師としての大きな成長を実感できるはずです。



将来への大きな糧(かて)になるTransitional Year(TY)研修を勧めます

主治医力を持った専門医になる前に、本来なら2年間の初期臨床研修で基本的な臨床能力を十分身につけておくのが理想ですが、決して十分とは言えません。そのあとの専門研修も本来なら幅広い臨床能力に裏打ちされたものであるべきですが、専門分野のみの研修に限定される傾向があります。例えば内科医が救急や整形外科、精神科の力量をより強化したり、外科医、精神科医を目指す人が臓器別内科的な力量をある程度身につけたりすることは将来大きな糧になります。私たち民医連は初期研修と専門医制度での不十分さを補強する形で、専攻医登録をする前に1~2年の自由度の高い「Transitional Year研修 ※6(Transitional=過渡的)を積極的に活用することを推奨しています。

このTY研修は、米国では特定の専門分野に進む前の必須の研修とされており、全米で年1300名以上が研修を行っています。



個々の多様性を尊重し、研修を柔軟に行えます

専門研修の期間は、多くの医師にとって結婚や出産、子育てなど人生のライフイベントを経験する、あるいはその準備をする時期でもあります。また、医師によっては持病や研修開始年齢、ご家族の状況などにより、通常の研修ペースでの継続が困難な方もいるでしょう。「研修が忙しく人生設計は後回し」「歯を食いしばって馬車馬のように頑張る」といったことを、私たちはよしとしません。それぞれの専攻医の状況に応じた研修スケジュールの組み立て、時短勤務や時差出勤なども含め、専攻医の多様性を前提とした研修を組み立てます。



民医連の医療・介護活動の「二つの柱」は専門研修の基本的な支え

専門研修はその土壌となる研修施設が行っている医療内容・姿勢、医療の質に左右されます。民医連は2016年に医療・介護活動の「二つの柱」(第1の柱:貧困と格差、超高齢社会に立ち向かう無差別・平等の医療・介護の実践、第2の柱:安全、倫理、共同のいとなみを軸とした総合的な医療・介護の質の向上)を私たちの中心的なスタンスとして進めていくことを決めました。私たちの医療機関は多くがWHOの推奨するHPH(Health Promoting Hospital & Health Service)※7ネットワークに加盟し、周囲の医療・介護福祉施設、行政とも連携を取りながら、健康なまちづくりを目指しています。特に、「誰 一人取り残されない社会」を目指して、病院にかかることのできない貧困や様々な問題を持った患者さんにもアプローチしています。

「SDH(健康の社会的決定要因)※8」の存在が近年注目されており、それが疾患の発生、経過や予後に大きく影響します。何度もPCIを行わないといけない患者さんの背景に高血圧や糖尿病などのコントロール不良があった場合、その上流に職場や家庭でのストレス状態や貧困が隠れていないかとアプローチすることは専門医の大切な役割です。

ソーシャル・キャピタル※9という言葉をご存知でしょうか。人々が健康を保つうえで、人と人とのつながり、支えあいのある地域かどうかという地域の力が影響します。医療の専門職として、また地域の一住民として、地域の健康度を高めるかかわりも専門研修期間中にできるのが民医連の専門研修です。

ぜひ医師としての骨格を強固にする専門研修の時期を、民医連での研修(民医連が研修期間に入っているプログラムでの研修を含む)を選んでみませんか。民医連は全国に研修施設を展開しています。熱意あるあなたの参加を心よりお待ちしています。



  • ※1.相対的貧困率:等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の貧困線(中央値の半分)に満たない世帯員の割合。可処分所得とは、所得から所得税、住民税、社会保険料及び固定資産税を差し引いたもの。貧困線=18年調査では127万円。
  • ※2. ジニ係数:所得や資産の不平等あるいは格差をはかるための尺度の一つ。完全平等社会であれば 0,完全不平等社会であれば 1となる。時系列でみると,日本のジニ係数は 1984年 0.252,1994年 0.265,2004年 0.278、2017年0.372と上昇傾向にある。
  • ※3.ヘルスプロモーション:WHO(世界保健機関)が1986年のオタワ憲章で提唱し、2005年のバンコク憲章で再提唱した新しい健康観に基づく21世紀の健康戦略で、「人々が自らの健康とその決定要因をコントロールし、改善することができるようにするプロセス」と定義されています。
  • ※4.ACP(アドバンス・ケア・プラニング):将来の変化に備え、将来の医療及びケアについて、患者さんを主体に、そのご家族や近しい人、医療・ケアチームが、繰り返し話し合いを行い、患者さんの意思決定を支援するプロセス
  • ※5.省察的実践家:ドナルド・ショーンが提唱したreflective practitionerの和訳。実践する専門家は自分のそれまでの知識や技術、能力、価値観を超える問題に直面した時、不安や戸惑いを感じる。この状況を突破するために、それまでの経験を総動員して何か行動を起こし、直面する状況に変化をもたらす。問題をなんとかしのいだ後に、今回直面した状況の変化を評価し、教訓(実践の理論)を導き出す。
  • ※6.Transitional Year研修:米国では、医学部卒業後に病院の専門プログラムを選んで、マッチングする仕組みになっているが、いくつかの専門分野や基礎研究に進む前、軍医になる場合、公衆衛生機関や行政職に就く前等には、1年間のTransitional Yearの研修を行う。統一されたコンピテンシー評価がされていて、研修システムが他の専門分野同様に確立されている。
  • ※7.HPH(Health Promoting Hospital & Health Service):1986年オタワ憲章でヘルスプロモーションが提起され、医療機関は治療・看護の伝統的な役割に加え、予防活動も担うことが提案された。このモデル事業が、HPH。日本では2020年5月現在115の事業所が加盟している。
  • ※8.SDH(健康の社会的決定要因):個人または集団の健康状態に違いをもたらす経済的、社会的状況。WHO欧州事務局はソリッド・ファクツとして①社会格差、②ストレス、③幼少期、④社会的排除、⑤労働、⑥失業、⑦社会的支援、⑧薬物依存、⑨食品、⑩交通、を挙げている
  • ※9.ソーシャル・キャピタル:人々の協調行動を活発にすることによって、社会の効率性を高めることのできる、「信頼」「規範」「ネットワーク」といった社会組織の特徴。

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