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2025年度新専攻医・後期研修医オリエンテーション 記念講演 専門医を目指すあなたへ~医師のプロフェッショナリズム×民医連を考えよう~

 

臆せず声を出し続ければ、共感してくれる人は現れる

 

千嶋巌医師は、「専門医を目指すあなたへ」と題し、自身の経験を交えながら、医療のあり方、学びの姿勢、そして社会とのつながりについて語りました。

 

千嶋医師は、幼少期に母親が大病を患った原体験から医師を志しました。東京での研修後、栃木の診療所に勤務する中で、1週間水だけで過ごした生活困窮者の救急搬送に遭遇し、こうした問題に根本からアプローチできていない自身の無力さを痛感します。この経験が、医療に対する視点を大きく変える転機となりました。

 

その後、近藤克則氏やイチロー・カワチ氏らの研究に触れ、「健康の社会的決定要因(SDH)」という概念を知り、目から鱗が落ちる思いだったと語ります。SDHとは、個人の健康状態が、その人の置かれた社会経済状況、教育、住環境、地域社会とのつながりなど、さまざまな要因によって左右されるという考え方です。千嶋医師は糖尿病の患者さんの例を挙げ、単に薬を処方するだけでなく、その人の生活背景全体を理解することの重要性を強調しました。

 

このSDHの視点から、医療現場での「社会的処方」の可能性に着目します。イギリスでは、医療だけでは解決できない患者の課題に対し、地域のさまざまな資源や活動を紹介しつなげる取り組みが進んでいます。千嶋医師は、日本でもすでに同様の活動を始めている人々がいることを知り、感銘を受けました。そして、目の前の人の社会的な課題を見つけ、自分にできなくても誰かにつなぐこと、共に伴走していくことの意義を力強く語りました。

 

さらに、自らが実践してきた地域との連携について紹介しました。フードバンク宇都宮や栃木ボランティアネットワークといった生活困窮者支援団体、若年者支援機構、シングルマザー支援団体、フリースクールなど、多岐にわたる外部機関との連携を通じて、医療だけでは対応しきれない患者のニーズに応えようとしています。診療所の職員食堂の一部を臨時の食料備蓄場所とする「プチフードバンク」の設立や、市長が中心となって始めた地域住民の交流の場「みんなの保健室カムカム」の活動など、ユニークな取り組みも触れました。NHKの取材を受けたことは、これらの活動が社会的に注目されている証しと言えるでしょう。

 

「思うは招く」という言葉を信じ、やりたいと思ったことは臆せず声に出し続けることの大切さを千嶋医師は強調します。自身の経験を通して、発信することで共感者が現れ、協力してくれる人が現れるということです。

 

自信が持てる領域を一つでも持つこと

 

診療所の現状については、高血圧や糖尿病といった一般的な疾患だけでなく、引きこもり、薬物依存、虐待、発達障害、LGBTQなど、多様で複雑な問題を抱える患者が増えていることを指摘します。これらの「生きづらさ」の根底には、周囲の理解不足や無関心があるのではないかと問題提起し、他者を理解しようと努めることの重要性を訴えました。患者にとって、医療機関が安心できる場所となり、医療従事者が信頼できる存在となることが、生きづらさを抱える人々が再び人を信じ、社会との繋がりを取り戻す第一歩になるということです。

 

そして、黒柳徹子さんの『窓ぎわのトットちゃん』に触れ、校長先生の言葉がトットちゃんの自尊心を育んだように、医療従事者も患者さんにとってそんな存在でありたいと語りました。

 

千嶋医師は、社会と身体医学の関係についてより深く学ぶため、働きながら大学院に進学しました。研究生活は多忙でしたが、研究者としての考え方や論文作成の過程を学ぶ貴重な経験になったと振り返ります。「人間、志を立てるのに遅すぎるということはない」という言葉を引用し、年齢に関わらず、やりたいと思ったことに挑戦することの重要性を強調しました。

 

さらに、死にたいと訴える患者への対応、小児期の逆境体験(ACEs)が後の人生に与える影響、ポジティブ心理学の重要性など、多岐にわたるテーマにも触れました。民医連が持つ全国的なネットワークを活かした横断的な研究への期待も述べました。

 

最後に、専門医を目指す参加者へのメッセージとして、一流のシェフは一流のレストランに行くように、目指す分野のトップランナーのもとで学ぶこと、自信が持てる領域を一つでも持つこと、そして身体の勉強だけでなく、その人の歴史や心、暮らしにも目を向けることの重要性を語りました。また、患者を自分の親戚や親だと思って接すること、失敗から学び改善していくこと、理不尽な叱責には甘んじる必要はないともアドバイスしました。

 

千嶋医師は、自身の経験を通して得た学びを共有し、参加者に勇気と希望を与え、共に患者の幸せのために協力していきたいという強い思いを伝え、講演を締め括りました。

 

講演後には質疑応答が行われ、研修医からの大学院との両立や民医連での疫学研究の課題、医学教育への取り組み、院内での多様性尊重の活動などについてさまざまな質問が寄せられました。千嶋医師は、自身の経験に基づき、具体的なアドバイスを送りました。

 

講演終了後、千嶋医師は「新入医師の皆さんには、まずは楽しくのびのびと研修を進めてほしいと思います。そして、自分はこれをやるために生まれてきた思えるような領域を見つけてほしいです」と語りました。

 

 

掲載日:2025年5月20日/更新日:2025年5月20日

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