産婦人科医かずこ先生の課外授業 05

丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター

前回は産科ならではの“誕生”に関わる患者さんたちとの出会いや、“母”としての生き方の危機に遭遇した人たちとのかかわりをご紹介しました。今回は、出産以外の場で“女性”としてのアイデンティティーを障害されかねない経験をした人達との関わりをご紹介します。

Bさんは、ある朝、彼の家から帰宅中、自宅の玄関まで来た時に背後から見知らぬ男に襲われレイプされました。彼女は、自分の力で警察に届ける勇気を持っていたので、自分で警察に被害届をだし、警察官に連れられて被害の状況を診察するために当院を受診しました。

私達は、性の健康教育を学ぶ中で、性被害を受けた人達への支援で最も重要なのは、本人の自己決定能力を最大限尊重することと学んできたので、Bさんには、これから行う予定の内容を伝え、診察の希望の有無を確認し、誰かと一緒に診察を受けたいか、診察の際はカーテンは必要かなど、一つ一つの小さな事柄でも、自分で選択、決定できることを伝えながら診察を進めていきました。

私たち産婦人科医は、性被害者の診療にあたり、診察の記録を残し、希望があれば緊急避妊ピルを処方したり、感染症の検査を行ったりします。性被害者への支援の中で産婦人科医が担える部分は、実はあまり多くはありません。多くの性被害を受けた方々は、その後、様々な精神的苦痛に悩まされることがしばしばみられるからです。その苦痛は被害直後から生じることもあるし、何年も経ってから生じることもあります。共通して言えることは、被害を受けた人は、産婦人科の診察と同時に、専門的な精神的ケアーを開始するべきだということです。

性被害の対応が進んだ国では、性被害を受けた女性が24時間受診できるセンターがあり、被害者が施設を回るのではなく、警察、医療機関、支援関係者がセンターに集まってきて、同時に様々な支援、援助が開始されるというシステムが存在します。日本でも、民間団体の一部が警察などと協力してこのようなシステムを作りつつありますが、まだまだ試験的段階にすぎません。ここ東京でもそのようなシステムは存在しないので、この時もBさんの精神的被害がとても心配でした。今は大丈夫でも、後から辛くなることもあるので、その時には私達に伝えてもらってかまわないことを伝え、次回の外来を予約しました。

次に来た時、彼女はやはり辛い状況に追い込まれていました。事件後、被害を知ったBさんの彼が「気分転換に映画に行こう」と誘ってくれ、映画に行ったけれど、場内が暗くなった途端、事件の時の恐怖心がフラッシュバックしてきて過呼吸を起こし救急搬送された、との事でした。精神科を紹介することも出来る旨を伝え、本人の希望もあったため、信頼できる女性精神科医を紹介しました。

数回、精神科クリニックに通ったそうですが、その後は通院も途絶えたと報告を受け、心配していたある日、全く別の用件で、当院の産婦人科外来を受診してくれました。まだ、完全に心の傷が癒えていたわけではありませんが、少なくとも、自分の体のトラブルを診てもらうという、前向きな姿勢が伺われ、そのお手伝いの相手に私達を選んでくれたということは、Bさんが被害を受けた時の私達の対応は、少なくとも彼女をさらに傷つけるものにはならなかったのだと安堵しました。

というのも、セカンドレイプと言って、性被害を受けた人が医療者、警察、周囲の人間からさらに精神的苦痛となる対応をされる2次被害が存在するからです。「本人にも隙があった」「そんな時間に外をほっつき歩いていたからだ」「挑発するような服装、行動だったから」などという、本人の行動に原因があったとする考え。「本気で嫌であったら、死んでも拒否したはずだ」「本当はよくても『いや』なふりをする」「深刻な被害ならそんなふうに平然としていられないはずだ」といった間違った迷信。それらに基づいた言動を「セカンドレイプ」といいます。まだまだ、世の中にはそのような考え方が蔓延していて被害者を苦しめることが多くあります。昨年、ある大学の飲み会で生じた集団強姦事件がマスコミで報じられたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。その反応の中にも被害を受けた女性を誹謗中傷する声がみられたり、加害者の中に有能な(?)スポーツ選手が含まれていたため、罪を軽くするよう要望する声がみられたり、まさに全国的なセカンドレイプが行われていました。

数年前に性被害の経験をカミングアウトされた本がベストセラーになったり、各地の有志が性被害を含む暴力を受けた女性を支援するつながりを作ったりしつつありますが、それでも、性が絡む被害を、被害者が他の犯罪被害と同じように伝えることが難しい世の中です。その分、誰かに助けを求める機会がなく、また、自分の“女性としての存在”を強く傷つけられる経験を癒すことが出来ないままになっている人が大勢います。

そのような中で、Bさんを支援し、自分の力を取り戻す手助けが出来たのであれば、とてもうれしいし、産婦人科医になって良かったとも思います。

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