基盤としてのこころの診療推進方針案

~民医連医療を実践するための医療活動及びそのための医師養成に関する問題提起~

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第一章 はじめに

今日、国民のこころの健康がひどく脅かされていることを否定する人はいないであろう。その状況の中で民医連としてこの問題をどう考え、取り組むかについて問題提起をする。民医連で働く全ての人々にとって大切であると考える。とりわけ活動方針の立案・遂行の先頭に立つ県連・法人・事業所のトップ責任者とって重要である。

本文章は、まず国民のこころの健康の深刻な現状を示し、これは日本だけでなく先進国共通の問題であることを示す。しかし日本ではなぜこの領域での取り組みが進まなかったのかについて歴史的に説明をする。この部分は民医連での取り組みの遅れの説明の伏線である。続いて精神医療の対象と民医連の理念が重なり合い、その保健医療福祉活動の実践には、メンタルヘルスの課題がおのずから包含されていることを示す。民医連の精神医療は、民医連マインドを核にして発展し、今日ほど医学が専門分化し拡大する以前の民医連の発展は精神医療からの発信を資源にしてきたことを歴史にさかのぼって示す。

そして現在の民医連の具体的な取り組みの柱にも広く精神医療と関連が見られ、総合的に取り組むことでより発展しうる可能性について示す。しかし現実の民医連内における精神医療の位置は、欧米より遅れている全国の水準に比しても低く、民医連に求められるニーズからして極めて不十分な状況にある。それを克服するために、民医連としてはじめて「こころの診療」推進に関する方針を提起する。

第二章 総論

1)国民のこころの健康の現状

我が国で精神疾患は近年その患者数は急増し、2011年には320万人を超える水準となっており、いわゆる4大疾患(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)よりも多い状況となっている。また厚労省「こころの健康についての疫学調査に関する研究(平成16年~18年)」では、(1)生涯に地域住民の4人に一人が、過去1年間には10人に一人が何らかの精神障害を経験している、(2)精神障害では慢性身体疾患よりも生活上の支障や休業日数が大きい、などが示され、地域で精神疾患が多発していることが指摘された。

一方、薬の発展などにより近年の新規患者の入院期間は短縮化傾向にあり、約9割の新規入院患者が1年以内に退院しており、特に統合失調症の入院患者数が減少している。これに伴い、精神病床の病床数は減少傾向にあるも、依然として1年以上の長期入院患者は20万人を超えている状況にある。

また1998年以来14年連続で3万人以上続いていた自殺者数は2012年にようやく3万人を切ったが、いまだ高く2014年は25427人であった(警察庁)。その要因のうち、健康問題の中では、うつ病が多くを占めている。働き盛りの自殺率も高いが、とくに近年は20歳代の若者の増加が目立ってきている。 労働者のこころの健康の危機も続いており、2013年厚労省労働者健康状況調査では「仕事・職業生活に関することで強いストレス」を感じる労働者は60.9%みられ、精神疾患の労災申請の増加も続いており、2014年度精神障害等の労災請求件数は1456件と過去最高を記録している。

健保連の傷病手当調査結果でも支給総額の6割は精神疾患である。 周知のように認知症800万人時代と言われ、認知症対策が国をあげて取り組まれているが、発達障害や摂食障害、ひきこもりや児童虐待など、小児、青年期のメンタルヘルス問題、アルコール依存症やギャンブル依存症など依存性疾患・嗜癖の問題もますます深刻となってきている。

そのような流れの中、国も「健康日本21(第二次)」で「こころの健康」を取り上げ、「こころの健康を維持するための生活やこころの病気への対応を多くの人が理解」することを強調し、2013年には医療法の医療計画に記載する事項として、従来の4疾病・5事業に精神疾患および在宅医療を加え、「5疾病・5事業及び在宅医療」の医療体制を構築する計画を都道府県に求める通知を出した。加えて「自殺対策基本法」(2006年)「アルコール健康障害対策基本法」(2013年)「過労死等防止対策推進法」(2014年)などが成立している。また国連で採択されてから7年後、ようやく「障害者権利条約」が我が国で批准された(2014年1月)。障害のある人も含め、全ての人が人権を保障され健康で自分らしく暮らせる施策が求められている。

2)世界の現状と取組

2012年WHOによると世界では3億5千万人を越える人々が精神疾患であるうつ病にかかり、生活が妨げられている。しかしうつ病に対する偏見がついて回り、また多くの人々はそれを病気と認識しておらず、治療を求めていない。うつ病に対しては、心理社会的治療や薬物療法など効果的な治療が存在するので、うつ病の人々の日常生活への積極的関与がカギとなる。まずはそのうつ病を見分け、援助の手を差し伸べることである。それが早ければ早いほど効果が出る。残念なことに、うつ病を患っている人々が必要な医療を受けている事例は半数にも満たない。実際には多くの国々では10%以下である。 WHOではうつ病は世界のどの地域でも普通に生じていると推定している。最近の報告では約5%の人がうつ病にかかっていることを明らかにしている。

うつ病は複雑な社会的、心理的、生物的な要因の相互作用から生じ、それと身体の健康との間には関係がある。たとえば心血管の病気はうつ病をもたらし、その逆も起こる。5人に1人の女性が産後にうつ病を患っている。さらに経済的圧力、失業、災害、戦争などの境遇も精神疾患の危険を増加させている。そして最悪の場合は自殺をもたらす。毎年ほぼ100万人の人々が自殺しており、その大半がうつ病を経験していた。今後2030年までにうつ病は世界中の人々から活力を奪う主因となるとWHOは予測している。政策における疾病の重要性指標としてDALY(障害調整生存年)がある。病気によって失われる命と障害によって損なわれる健康生活を合わせた“寿命・健康ロス”では、精神疾患が癌や循環器疾患を抑えて第1位となっている。

英国ではDALYに基づき精神疾患を三大疾患の一つと位置づけ、政策化し予算を付けている。OECDは、各国の精神医療の報告書をまとめ、日本の精神病床がOECD平均の4倍で、「脱施設化」の遅れや「患者の地域生活を支える人的資源や住居」の不足を指摘するとともに、年間自殺率が日本は20.9人(10万人当たり)とOECD平均12.4人よりはるかに多く、地域医療を担うすべての専門職に精神分野での能力を向上させるように検討を求めている。

そして重度の精神疾患に焦点を当てた精神医療制度の改革に関する課題とともに、うつ病や不安など、軽度から中等度の障害に対するサービスの拡大が求められている。そのためには、プライマリーケア分野に、メンタルヘルスケアに関する強い要素が含まれることを求めている。OECD諸国の例によると、(プライマリーケア専門医が)研修を通じてしっかりした訓練を受けたり、精神医療の専門医と支援ネットワークからのサポートがあり、また患者がより専門的な治療(心理学者や地域の精神医療専門医や専門施設)を必要とする際はそれらへ紹介する選択肢がたくさんある場合に軽度から中等度の精神疾患へのプライマリーケアレベルの治療がより効果を発揮している。軽度から中等度の障害を治療し診断する能力を日本のプライマリーケア専門研修に最初から組み入れるべきと提言している。

3)日本の精神保健医療福祉の遅れの歴史的背景 (クラーク勧告の無視、ライシャワー事件、入院収容主義、偏見、家族責任など)

我が国の精神障害者支援の歴史は、江戸時代までは寺社の支援事業として行われてきた。明治時代となり、明治8年に初めての公立精神科病院として京都南禅寺境内に京都癲狂院が設立された。明治初期は精神障害者に対する法的制度はなく、もっぱら地方の裁量にゆだねられていた。相馬事件などをきっかけに明治33年に精神障害者の保護に関する法律「精神病者監護法」が制定された。

この法律により我が国では初めて精神障害者の処遇が法的に一律に規定された。この法律では精神障害者を抱える家庭において、自宅の一室や物置小屋の一角に専用の部屋を作って、精神障害者を監置し、それを行政(警察)が管理するという諸外国にはない私宅監置の制度が認められていた。そのような状況では、医療も不十分なまま、非衛生的な環境に放置されていることも多く、呉秀三東京帝国大精神病学講座教授は「わが国十何万の精神病者はこの病を受けたるの不幸のほかに、この国に生まれたる不幸を重ぬるものというべし」と述べている。

大正8年に精神病院法が制定され、公的精神病院の設置を命じたが、予算不足のために遅々として進まず、昭和6年の調査では精神障害者7万余人に対し、病院入院患者数1万5千人で、人口当たりの病床数は諸外国の10分の1と少なく、さらに90か所の精神科病院のうち、公立病院はわずか6か所にすぎなかった。病床数は昭和15年には2万5千床まで増えたが、第二次大戦の戦火で病院の消失、閉鎖のため、終戦時は4千床まで減少した。 昭和25年に精神衛生法が制定され、精神科病院の設置を都道府県に義務付け、私宅監置制度は廃止された。昭和28年には精神科病床は約3万床となり戦前レベルまで回復するも、昭和29年の全国精神障害者実態調査で、精神障害者の全国推計数130万人、うち要入院が35万人と判明され、多くの精神障害者がいまだに私宅監置されていることが明らかとなった。医療金融公庫からの低利融資とスタッフの配置基準を大幅に緩和した精神科特例により民間精神科病院が急増し、昭和35年には約8万5千床になった。

昭和39年、いわゆるライシャワー駐日大使刺傷事件が起こった。これは精神疾患を患った方が、その疾患ゆえに在日米国大使を刃物で刺した事件である。当時の新聞では「精神障害者を野放しにしている」と行政施策を強く批判する記事が掲載され、これを機に旧厚生省は精神衛生法を改正し、精神科病床を整備し、入院医療を中心とした施策化に大きく舵を切った。このため昭和40年には民間精神科病院を中心に精神科病床は17万床に増加した。 昭和43年、日本政府の依頼でWHOから英国のクラーク博士が派遣され、日本の精神科医療の実態を調査した。

その報告書で博士は、精神科病院の長期入院患者が増加していることを指摘し、入院患者の増加を防ぐために地域福祉の充実とリハビリテーションを奨励すべきこと、精神科病院の改善や統制の必要性を指摘した。当時少なくない先進諸国ではすでに精神障害者の脱施設化政策が実行に移されていた。日本でもクラーク勧告を受け入れて政策を変更していれば、病床数の削減もそれほど必要のない、痛みの少ない精神障害者の脱施設化政策が可能であった可能性があると考えられる。しかし当時の厚生省の課長はクラーク勧告に関する記者会見で「斜陽の英国から学ぶものは何もない」などと話すなど、この勧告は全く無視された。この後、クラーク勧告を無視した日本の精神科病床は民間病院を中心に増加を続け、昭和50年には28万床、平成4年に約36万2千床とピークに達し、現在は少し減って34万8千床となっている。日本の精神科病床の特徴の一つとして、民間病院の割合が約9割と高いことが指摘されている。

このような歴史の流れで、日本の精神科医療は入院収容中心で、強制隔離政策で問題となったハンセン病に対する政策と共通性があると考えられている。どの国でもハンセン病は恐れられていたが、日本だけ突出して過酷な隔離政策がとられていた。ハンセン病は対象者数が少なかったため、主に国公立の施設が多かった。診断がつくと終生隔離され、子孫を作らせず、隔離政策に違反すると刑事罰が科せられるような極めて過酷な人権制限が行われた。精神疾患では、対象者数が多かったため、収容自体を民間に行わせた。精神障害者を収容することが民間の事業になってしまったため、その後の政策の変更が極めて困難となっている。精神疾患の場合、隔離政策により、疾病の陰性症状の進行が早まり、施設症が急速に進行した。

そのため社会復帰が困難となり、対象者数の多さもあり、政策変更後に、より積極的な社会の側の対応が必要になっている。そのことも遅々として精神障害者の社会復帰が進まない要因の一つとなっていると考えられる。 ハンセン病や精神疾患は、今も偏見や差別の対象となりやすい。安保法制に先だって成立した特定秘密保護法の適性評価制度の項目に精神疾患が含まれていることにも示されている。戦争が近づく時、精神を含む障害者への差別・偏見が増大することは歴史が証明している。平和を守るために、そうした偏見や差別を克服してゆくことも民医連の課題である。

第三章 民医連マインドとメンタルヘルス

1)民医連の理念と精神医療の射程

精神医療は、人の精神や行動を対象とする医療であり、ゆえに対象領域は極めて広く、人の活動が感情、思考、意思決定などもとになされることを考えると、すべての活動にかかわっていると言える。そのことは当たり前すぎて、とりたてて精神医学を取り上げなくても、日常のわれわれの実践のなかに意識的・無意識的に織り込まれている。それを明確にすれば、精神医学は(1)全診療科に横断的に関連している、(2)ライフサイクルすべての段階に関連している、(3)保健・医療・福祉、医療分野であれば外来・入院・救急のすべてに関連している。

(1)は内科、外科、小児科、整形外科、皮膚科、泌尿器、産婦人科、眼科、歯科などのすべての診療科での診断、治療にメンタルヘルス面がかかわっている。うつ病などの精神疾患をもつ人が、各科が対象とする身体症状でそれぞれを受診するということもあれば、各科対象の疾患の診療にストレスの関与やメンタルヘルス面の支援が必要であることが多く、それぞれ精神医学からみれば、リエゾン・コンサルテーション領域である。

(2)は、妊産婦や胎生期の赤ちゃんから、思春期・青年期、成人、老年期、終末期に至るまで、ライフサイクルのすべての段階にメンタルヘルスがかかわっている。総論にしめされている通り、虐待、不登校、いじめ、非行、ひきこもり、DV,職場不適応、自殺、認知症など各年代にメンタルヘルスの課題が指摘され、臨床心理や精神医学の貢献が期待されている。

(3)では、(2)のメンタルヘルスの対策・精神疾患の予防対策、(1)で示したように外来・入院・救急場面でも関連する。これは個別疾患の診療にとどまらず、医療提供の上で必要なチーム医療、集団力学、安全性や質の向上、倫理などの課題にメンタルヘルスや精神医学が関与している。救急医療では、精神疾患患者の搬送先、患者の対応、その合併症治療の引受先がしばしば問題となっている。さらに近年の日本は大規模災害が頻発しており、災害医学におけるメンタルヘルス、災害精神医学も非常に重要で求められる領域である。そして社会医学が社会との関連を対象とするように、社会精神医学もまた社会全体を対象としている。

民医連綱領では、われわれが「無差別・平等の医療と福祉の実現をめざす組織」であることを宣言し、「いのちの平等」を掲げてきたこと、「生活と労働」から疾病をとらえること、いのちと健康にかかわるその時代の社会問題にとりくんできたこと、共同組織と共に取り組んできたことを明らかにしている。そしてその綱領のもとに、「もっとも困難な人びとに寄り添う」「断らない医療」を日々実践してきている。こうした民医連の実践の歴史には、おのずと患者、家族、住民の心に寄り添う姿勢があることは間違いない。

しかし日本における精神医療への偏見の歴史、他科と差別化された低医療費政策の背景のもと、精神医療がその期待される役割に十分応えてきたとはいえない。そのことは民医連の中でも同様であり、民医連医療の中でも、精神医療がその専門性を質量ともに十分に発揮してきたとは言えない。しかし今や国民全体にメンタルヘルス対策が求められ、患者数では精神疾患が第一位であり、政策上の重要な指標DALYにおいても精神疾患が第一位であること、さらに格差と貧困の進行によってメンタルヘルス対策が今後一層高まることが予想される現代、民医連の理念の実践にこれまで以上に精神面への気遣いが求められることは明らかである。

例えば各地の「断らない救急」を掲げる民医連の病院では、精神科のあるなしにかかわらず、精神疾患患者の救急搬送の割合が高くなっていることに、上記したことが示されている。精神疾患の有無にかかわらず、人権を保障した平等な医療を民医連は提供してきている。

2)民医連医療と精神医療の実践の歴史

民医連精神医療の実践は、民医連医療の実践であり、民医連医療をより豊かに展開することに通じてきた。 「医療を民衆の手に」をスローガンに掲げ、民衆の組織化と健康権のためにたたかい、アルコール医療を進めてきた津川武一医師の「農民の健康と農村の医療問題」(『民医連医療特集民医連医療発展のために』2(1965年12月)には、高度成長下で困難を抱えてゆく農村の生活と健康問題を指摘し、巡回診療の実施による保険診療活動と相談活動やたたかいでの共同、農民の組織化、さらには大衆に依拠して病院組織そのものが発展することを示されている。

また同じ号に掲載されている平田宗男医師の「興国人絹八代工場における新しい型の慢性二硫化炭素中毒の二症例」では、労働者の立場に立つことによって初めて診断しえたこと、民医連医師だから可能であったことが主張されている。二人とも農民や労働者に寄り添い、「生活と労働」の場から実践し共にたたかい、単に精神科臨床医にとどまらず、民医連医師としてのロールモデル、民医連医療の原点をまさに最初期に提示している。

その後も石田一宏医師が「人民の精神的健康と差別」(『民医連医療』11、1969年7月)で民医連医療における精神的健康への視点の必要性を指摘し、民医連編集部も『民医連医療』40号(1975年)において、「精神神経科医療と民医連」の特集を組み、全日本民医連も第21回総会方針(1974年)において、「『高度成長期』のもたらす、くらしと健康の破壊は過度の精神神経的負担をもたらし、多くの精神神経障害をつくりだしており、内科外来でも多くの人々に障害がみられます。

したがって既存の精神病院の充実とともに、一般の病院でも内科診療と連携を強め精神神経科外来に力をいれることが必要です。」と主張されている。このあとも石田一宏「医療技術評価の一問題について精神神経科領域の生活指導技術を中心に」で民医連医療100号記念懸賞論文表彰されるなど、民医連精神科医から民医連医療全体の発展の立場で投稿がなされている。『民医連医療』では「特集精神神経障害を生活のなかで治すこと」107(1981年6月号)、「特集心身医学的諸問題」125 (1982年12月号)、「特集第一線医療とメンタルヘルス」164(1986年3月号)、「特集精神医療の最近の動向」211(1990年2月号)、「特集精神医療の現状と課題」452(2010年4月)と特集が組まれてきた。

各地の民医連精神科は、日本の遅れた精神医療の状況の中でいち早く患者の人権を保障した開放医療、地域精神医療を展開してきた。精神科ソーシャルワーカーや作業療法士など精神科専門スタッフを早期より充実させ、院内作業、デイケア、訪問看護などに取り組んできた。また職員含め労働者のメンタルヘルスへの関与を積極的に行い、意見書作成や認定裁判への協力など精神疾患労災問題の取り組みは、まさに働く人々の困難に寄り添う民医連の理念の実現であった。さらに阪神淡路大震災、東日本大震災、熊本地震などの災害支援にも、積極的に全国からこころのケアの支援を行った。また一般病院に開設された精神科では他科と連携し民医連医療全体の質的向上のために提案し、取り組んできたと言える。

そして現代において、民医連の40回総会方針「第2節民医連の医療活動の発展のために」の「2『医療活動の2つの柱』の実践の焦点と具体化」において、以下のように書かれている。

「第6は住民の健康に欠かせない精神保健医療活動の前進と連携を重視してゆきます。精神疾患の患者数が323万人と最も多い疾患であり、第2期地域医療計画では、あらたに精神疾患が追加され「5疾患5事業」となりました。貧困問題や労働環境などの悪化がうつ病に大きく関与しています。自殺予防も重要です。子どものこころの健康から高齢者の鬱状態や認知症の問題まで、医療・介護の実践全体にメンタルヘルスや精神疾患の理解と対応が求められています。震災後・原発事故後のこころの健康への影響もみておく必要があります。自県連に精神科のあるなしにかかわらず、民医連としてもこの分野の活動をこれまで以上に重視してゆきます。」

民医連の理念の実現に、精神医療の充実が求められ、民医連精神医療の充実が、民医連医療の発展と国民の健康権の実現に通じる。その理解が、一層深刻化する 「貧困と格差」に立ち向かう民医連にとって今こそ必要である、歴史はその教訓を示している。

3)現在の民医連の取り組み方針と精神医療

民医連の活動は、平和を守り社会保障充実のための運動から、医療・福祉活動の発展、医師確保と養成、共同組織とともに安心して住み続けられるまちづくりの活動など多岐にわたる。その中で特に医療・福祉活動における近年の重点は
(1)SDH(健康の社会的決定要因)に基づく「貧困と格差」に立ち向かうこと
(2)ヘルスプロモーション・ホスピタルHPHを推進してゆくこと
(3)総合診療を中心に、人権感覚豊かな医師を養成してゆくこと
(4)無差別・平等の「地域包括ケア」含め地域医療
・福祉を進めてゆくこと
(5)「2つの柱」である総合的な医療の質の向上、医療安全・倫理の向上を進める事がある。それぞれにおいて、精神医療が関与する面が多いと考える。

(1)SDH(健康の社会的決定要因)に基づく「貧困と格差」に立ち向かうこと:WHOの健康の社会的決定因においても、ストレスは、心理社会的要因が身体的な異常を引き起こす時の要因として取り上げられている。貧困や格差という慢性のストレスが、健康維持に重要な意味をもつ多くの生理学的な過程からエネルギーを奪い取ることになり、心臓血管系や免疫機構の双方とも影響を与える事を明らかにしている(『健康の社会的決定要因確かな事実の探究第二版』より)。「貧困と格差」の問題を評価し解決するときには、ストレス状態を評価しその解決を図ることが重要である。近藤克則氏は「社会と健康をつなぐもの」としての心の大切さを指摘している(『健康格差社会』)。民医連マインドは、おのずと心理社会的要因にも注目し、全人的医療を追求すると考えられるが、そこに精神医療の専門性が活用されることは、より正確で具体的な解決につながる可能性がある。そのことは、名古屋での路上生活者に対する精神保健調査が教訓的である。調査の分析によって、知的障害や精神障害をもつために必要な支援が受けられないことが明らかになった。この結果から障害を含む一人ひとりの状態を明らかにすることによって、より寄り添った支援が可能となるという提案につながった。

労働者保護や社会保障制度の不十分な我が国では、病気になることが貧困に陥る契機ともなる。病気を予防してゆくこと、とりわけ患者数が多く、偏見や差別を受けやすい精神疾患を予防してゆくことが「貧困と格差」に立ち向かうことにも通じる。

(2)HPH(ヘルスプロモーション・ホスピタル)を推進してゆくこと:HPHの推進においてもメンタルヘルスは重視されている。まだ歴史の浅いHPHの運動ではあるが、早期よりメンタルヘルス面からの指摘もなされていた。それは総論に述べられたように、各国でその必要性から、うつ病はじめ精神疾患やその予防(メンタルヘルス)が保健活動において重視されている。地域においても職域(病院職員の健康推進)においても同様である。現代においては、保健予防活動を推進するときにストレスやメンタルヘルスの問題、大量飲酒者に対するアルコール依存症予防の介入などを避けて通れない。HPH推進にメンタルヘルスへの視点は不可欠である。その視点はHPHを担うスタッフが程度の差はあれ、もつべき視点と考えられる。そこに精神医療の専門性が加わることは、質の向上につながり、HPH活動をより重層的なものにすると考える。2015年12月より労働安全衛生法改正に基づくストレスチェック制度が実施される。そこで行われる医師面接や事後措置の判断などに精神科医との連携がこれまで以上に必要になってくる。

(3)総合診療を中心に、人権感覚豊かな医師を養成してゆくこと:初期研修制度が改変される中でも、多くの民医連事業所においては、初期研修における精神科研修の制度的な組み入れを継続している。初期臨床研修制度が開始された時精神科研修が必修となったのは、経験すべき疾患や患者として統計的に精神疾患の患者を診療する機会が少なくないことが示され、それを反映したものであった。専門医としての総合診療医は、第一線の場で、いっそうストレスやメンタルヘルスの問題に向かい合い、その解決や専門医へのゲートキーパーの役割を担うことが求められている。OECDの日本に向けられた「医療の質の向上のために」の提言(2014年)においても、日本における一般医やプライマリーケア医が軽度から中等度の精神の障害の治療提供においてもっと中心的な役割を担うことが必要であると指摘されている。精神疾患の罹患率等からすれば、当然と思われるが、欧米においてはプライマリーケア医が、軽度から中等度の精神疾患に対応している。実際民医連では、「無差別・平等の医療」理念を掲げ、精神疾患の有無にかかわらずできる限り対応をしてきていると考える。地域の中では精神障害者の身体合併症医療で評価を受けている院所もある。そうした民医連における総合診療が、民医連外の研修より優位であるとすれば、人権尊重を基礎にした医療実践であろう。そして時代の要請に応じ、世界的な指摘に応える形で、プライマリーケア分野で医療の質向上を図ろうとするとき、精神医療との協働は、一層優位な総合診療医養成になると考える。

(4)無差別・平等の「地域包括ケア」含め地域医療 ・福祉を進めてゆくこと:国の責任放棄を背景にもつ「地域包括ケア」に対して、民医連らしい無差別・平等の「地域包括ケア」の考え方、実践が求められている。健康権保障を土台にすえた民医連の「地域包括ケア」の実践の上でも、精神医療の導入は質の向上につながると考える。政府は2025年問題、2035年問題に対処するため、高齢者に焦点をあてた「地域包括ケア」構想であると考えるが、住み慣れた地域で安心して暮らしたい、そのために住まい、医療、福祉等が連携して、その人の健康権を保証する必要があるのは、精神を含む障害者、障害をもつ小児にも当てはまることである。実際民医連においても、障害者への訪問介護、訪問看護が増加している。BPSD(認知症の行動と心理症状)への対応にとどまらず、認知症ケア全般、高齢者のこころの問題への対処、障害を持つ方への支援に、精神医療・福祉の視点との協働は有益なものになる。実際の協働の具体化の構想はこれからであるが、民医連ゆえに創造的に進めていける領域である。

(5)「2つの柱」である総合的な医療の質の向上、 医療安全・倫理の向上を進める事:第40期総会方針において、民医連の医療活動の「8つの重点課題」と2つの柱が定められた。総合的な医療の質の向上と医療安全・倫理の向上という柱である。多様な医療活動を進める上で、質の向上と安全・倫理は不可欠な視点となっている。いずれも、職員のメンタルヘルスやチーム医療、コミュニケーション、患者・利用者との共同の営みが重要な因子になっていることはチームステップスでの指摘を待つまでもないと思われる。極端な例でいえば、職員が燃え尽き状態にある場合、質の良い安全な医療を提供する時にかなりリスクが生ずる。メンタルヘルスと医療事故(ヒヤリハット)の関連性は統計的にも示されている。こうした課題も産業医や職員の健康管理を担うスタッフ、また今日ではHPH推進の体制の中でも位置づけられることである。この分野においても、精神医療が貢献できる裾野がある。

第四章 基盤としてのこころの診療・介護を進めるために

1)こころの診療推進は、「医療・介護活動の新たな二つの柱」実行に不可欠である

全日本民医連は、第3章に引用した39期提起の「医療活動の二つの柱」を、42期総会において、医療・介護活動の2つの柱として新たに発展させることを提起した。第一の柱は、「貧困と格差、超高齢社会に立ち向かう無差別平等の医療、介護の実践」であり、第2の柱は、「安全、倫理、共同のいとなみを軸とした総合的な医療・介護の質の向上」である。総会方針では、さらに以下のように提起されている。

第一の柱について、「貧困と格差、超高齢社会に立ち向かう無差別・平等の医療、介護の実践」です。今後の民医連事業所は、自己完結型モデルから本格的に脱皮して、住民参加と地域連携・ネットワーク型の保健・医療・介護モデルに進化させることが必要であり、地域連携を思い切ってすすめるための役割と構想を明確にしましょう。そして、予防から治療、ターミナルケアまでの包括的な対応が必要な癌や認知症、また社会的な幅広い取り組みが必要なメンタルヘルスや子供の貧困にかかわる課題などは、特に重視して組み立てましょう」など連携の促進・進化と広範な国民のニーズにこたえて、メンタルヘルスへの取り組みが強調されている。第一の柱では、SDHの視点でのHPH推進が求められるとともに、誰も置き去りにされない医療・介護へのアクセスが保証されることが必須である。

しかし民医連の事業所が対象とする人々には、医療機関や介護事業所などサービスにアクセスできない方が多くいる。とりわけ貧困さらにメンタルヘルス不全に陥り、精神疾患を合併している人たちは困難を抱えている。2010年厚労省のもとに設置された「こころの健康政策構想会議」は、(本方針の総論に示したような)日本におけるこころの健康の危機を克服するための提言において、「こころの健康問題には、からだの健康の問題や知的な発達の問題と比べた場合に、3点の特徴があります。」として「第一は問題がみえにくい。」そのために本人にも家族にも周囲の人にもわかりにくい、サービスになかなかたどりつけない。「第二にサービスの必要性が高いほどサービスが届きにくい。」情報不足、相談へのためらい、拒否など様々な理由でサービスに届きにくい。「第三に状態が変わりやすい」そのため医療対象から福祉対象、福祉対象から急に医療対象となり、制度が分かれているとサービスが届きにくい、などを指摘している。誰も置き去りにしない第一の柱の実現のためには、基盤としてのこころの診療推進は不可欠である。

第2の柱においては、チームケアの充実とともに、生物―心理―社会的Bio―Psycho―Socialに全面的に把握し、問題解決を提案できることが重要であり、この観点を社会的な処方(治療)まで広げてゆくことが求められている(会長講演)。医学的な知識などによって、またソーシャルワーカーはじめ職員・共同組織の奮闘によって、生物―社会Bio―Socialは、発展しつつあるが、心理Psychoはどうであろうか。ここに第2の柱を推進するためにも、こころの診療推進が重要であると言える。

2)こころの診療推進により期待される民医連事業所の変化について

現場では様々な困難があり、日々職員は向かい合っている。二つの柱を実践しようと努力しても現実は複雑であり、課題が生ずることは少なくない。実際潜在的で広範なこころの病を持つ方々に日々対応している現実がある。しかし気づいていない、あるいは任せきりになってしまう、病気の問題でなく個人の問題・性格の問題とみなしてしまっている可能性はないだろうか。基盤としてのこころの診療推進が実現してゆくことによって、たとえば以下のような実践の可能性が広がることが期待される。
・こころの病は気づきにくい、分かりにくい、民医連にかかれば、こころの面に配慮した対応、精神機能に応じた支援が期待できる。
・精神疾患を合併していても当事者もスタッフも安心して身体疾患の治療を受けることができる、提供することができる
・困難で複雑とされがちな事例へのアプローチが可能となることが期待できる
・だれが担当するのが適当か各領域間の狭間に位置する事例へのアプローチが期待できる(例えば医学的対応なのか関係性への対応なのかといった「疾病性と事例性」の把握)。精神障害など障害に応じたサービス 利用の可能性が広げられる
・人間関係の評価や集団力学の理解が広がり、より効果的な個人や集団へのアプローチの可能性が広がる
・様々な人権侵害の負の歴史を背景にし、それを乗り越えようとする精神医療的アプローチは人権保障の視点をより豊かにしてくれる

こうした可能性のひろがりによって、認知症、アルコール・薬物など各依存症、働く人のメンタルヘルスなど現代において一層困難を抱えやすく、民医連が対象としやすい人々へ積極的な援助を可能にする。医療 ・介護・保健が一層地域へ展開することが求められるこれからの時代に応えてゆくことが可能となる。すなわち「医療・介護活動の新しい2つの柱」を一層充実させ推し進めることができると考えられる。 民医連は、日本の医療・介護をだれもが人権を保障されたより良いものになることを目指している。そのためには「基盤としてのこころの診療推進」は不可欠である。そして民医連および民医連精神科がこうした取り組みを推進することは、日本の精神医療・福祉の変革に通じるものである。

3)「基盤としてのこころの診療」を推進するために

3)―1医療・介護活動の内容発展のために

(1)全体の底上げ、(2)地域展開とそのための連携の発展・進化

(1)全体の底上げのためには、学習および実践交流の機会を増やすことが必要である。具体的には、こころの危機の状況、精神医療の歴史、精神疾患学習(うつ病、アルコール・薬物依存、トラウマ性含むストレス性疾患、発達障害など)、ライフサイクルとメンタルヘルス、薬物療法、心理社会的療法、自殺予防、精神疾患労災、地域及び職域でのメンタルヘルスなどが考えられる。これらを各職場や事業所、法人、県連などにおいて、それぞれのニーズに応じて年に数回以上学習する機会を設ける。

また全日本民医連主催企画においても、管理者研修、医療活動、HPH、医師養成、地域包括ケア、倫理、医療安全などの研修会等にこころの診療に関連する研修内容を導入してゆく。さらに現在認知症予防、脳トレなどさかんに地域で行われているが、メンタルヘルスに関する啓発を共同組織とともに地域で広げてゆくことが必要である。

既存の初期研修、家庭医研修などの医師研修過程でのこころの診療に関連する内容を維持、発展させる。各自主研究会企画において、精神医療とのコラボ企画の導入を進める。

各職種の研修過程、とりわけ看護師、セラピスト、ソーシャルワーカー、薬剤師の研修過程にこころの診療に関連する内容を導入する。具体的にはそれぞれの領域に関連しやすい疾患学習、患者家族の統合的な理解とアプローチの仕方の学習、地域精神保健、社会精神医学的な知識や見方についての学習などが含まれる。

さらに現在、主に民医連精神医療・福祉関係者に参加がとどまっていて、2年に一回開催されている全日本民医連精神医療・福祉交流集会を、「基盤としてのこころの診療推進」にふさわしく、民医連職員全体の力量向上と日本のこころの診療を創造的に開拓する実践交流の場となるように、対象の拡大と内容の向上・進化を目指す。 こころの診療面の見える化、そのためのツールの開発・利用など含め、日常診療や介護活動の質の向上に役立てる。

(2)地域展開とそのための連携の発展が必要である。チーム医療について、民医連では歴史的に民主的集団医療の実践が行われ、その経験の蓄積があるが、現代一般的にもその重要性が指摘され、理論化や実践が行われてきている。

チーム医療・多職種チームにおいては、Multi Disciplinary連携モデル(複数の専門職がそれぞれの専門性を生かして協働)とTransDisciplinary包括型モデル(すべての職種がgeneralistとして機能し、さらにそれぞれの専門性や個性を生かした役割を果たす)の二つが知られている。前者は医療モデルで医師が方針決定しがちであるが、後者はチームで方針決定し、責任をもつモデルである。後者が地域支援で望ましいモデルとされている。前者は病院内ですでに各科連携として実践されているが、まだまだ民医連内において精神科医の絶対数が不足していると考えられるこころの診療に関してはまず専門職の養成が必要である。

一方より困難な人々の生活と労働の場に足を運び、地域に共同の営みの実践を広げ、こころの診療推進方針を全面展開するには、後者のモデルを広げることが重要である。総論で示したように世界的にも軽症中等症の精神疾患をプライマリーケアレベルで支えてゆくことが求められているが、例えばうつ病診療においては協同ケアcollaborative careなどの概念が発展し実践されてきている。こうした経験に学び、連携のシステムやそのための人材養成を考える必要がある。

民医連は地域で育ち、地域の人々によって支えられてきた。困難な人々のもとに民医連ありと、歴史的な訪問看護の取り組みも大きな柱の一つである。現代こそ、さらに将来はなお一層、訪問介護・看護が求められている。「基盤としてのこころの診療推進」を土台にすえた精神科的な訪問活動は、地域で患者家族を支えてゆく、伴奏型支援に不可欠の取り組みとなると考えられる。

ただし発展させようとすると、連携には各領域、連携対象によって、様々な障壁が考えられる。お互いの立脚点による信念対立や、実際連携する上での時間的、空間的障壁などである。一般の連携でも、「顔の見える関係」作りが重要と言われるが、こころの診療実践では、上記の底上げの取り組みを通じて、お互いのできること了解しあい、尊重する関係つくりを基礎にしながら、連携の経験を増やしてゆくことが大切である。

まず現在行われている連携をまとめ交流する機会を増やし、連携の意味を高め、障壁克服の経験を積む。また協同ケアを進めるためには、実際に患者利用者に直接対応する専門技能を有するスタッフ(看護師、薬剤師、心理士など)の養成が鍵とされている。民医連が実践しようとしている「新しい二つの柱」では、これまで以上に他機関他事業所他職種連携が必要であり、民医連らしい協働型民医連モデルを作りあげてゆく。 認知症ケアチームや緩和ケアチームも事業所内から地域や在宅も対象とする経験が広がりつつあるが、こころの診療推進でも、チームを構成し、事業所内連携と事業所間連携を進めてゆく。

3)―2内容発展を実現するための組織整備

(1)人材の育成、研修病院の充実
(2)精神科開設、地協単位での「基盤としてのこころの診療推進委員会」設置、県連長期計画にこころの健康推進など
(1)人材育成を進める必要がある。とりわけ精神科医、認定看護師、精神保健福祉士、公認心理士、認定薬剤師などのこころの診療に関する専門職を養成する必要がある。

「基盤としてのこころの診療を推進」するには、その担い手を育成する必要があるが、とりわけ重要となるのは、コメディカルのスタッフである。現在は、政府が進める地域包括ケアシステムの旗振りの影響もあるが、状況の変化、国民のニーズにこたえる形で、全国的にアウトリーチ活動がさかんになってきている。民医連ではこの分野のこれまでの強みを生かして、さらに地域でのこころの診療を進めてゆくには、訪問系の介護士、看護師、セラピスト、薬剤師、ソーシャルワーカー、栄養士の「こころの診療」面からの専門的な育成が不可欠である。現在コメディカルスタッフの精神科関連の資格取得の実態は不明であるが、地域ではその生活の場で、在宅介護や訪問看護、在宅リハビリ、居宅薬剤指導、居宅栄養指導、地域ソーシャルワークを受ける人々が増えている。精神科の有無にかかわらず、各県連、法人で養成計画をもつことを目標とする。地域で支えてゆく方針の重要な柱として、精神医学医療の知識や技能をもつスタッフ養成を促進する。

民医連における保健医療活動では、総合診療、家庭医医療が重要であり、それを担う総合診療医養成が焦眉の課題となっている。第3章でも触れたが、総合診療と精神医療は非常に重なり合う部分が多い。「基盤としてのこころの診療」推進は、精神科医や精神医学医療の推進だけでは、不可能であり、総合診療医の役割が重要である。おのずと患者家族のこころの面への気遣いが実践に含まれると考えられる総合診療であるが、多くは実施されていても1ないし2か月であると思われる初期研修での精神科研修では、必ずしも十分であると言えない。求められる地域でのニーズ、総合診療医の関心や意欲に応じて、総合診療の専攻医養成の中に精神科研修を一層位置付けてゆく。

民医連精神科側にも発展が求められる。第3章で民医連の精神医療の実践を簡単にふりかえったが、第1章で取り上げた現代の国民のニーズにこたえるには、精神科医はじめスタッフ側もこれまで以上に地域に出かけ、諸機関と連携する必要がある。また精神科医療側だけで閉鎖的になることなく、総合診療医含む身体科のスタッフとも、診療活動でも育成課題でも相互にリスペクトしあう協働の関係を作ってゆくことが大切である。もちろんすでに各地でその実践が行われている。これを総合病院精神科や精神科クリニックだけでなく、精神科病院の活動においてもさらに広げてゆくことが大切である。

先に挙げたように精神科医養成は民医連内でも古い歴史をもっている。民医連内研修病院で研修を終えた医師が帰院し精神科開設を担い、各地でこころの診療実践を広げてきた。しかし残念ながら民医連内の医師数割合をみると、全国平均に比して精神科医師割合が低い。特にこの10年で全国的には精神科医師数が25%増加しているのに対して民医連では常勤医師数が19%も減少していることは深刻であると考える。

関係者の努力によって、近年ようやく精神科専攻医の増加の兆しがみられるようになってきたが、まだまだ不十分である。自県連に精神科があるなしにかかわらず、オール民医連での研修医に対する精神科研修の情報提供してゆくこと、民医連外の研修病院との連携含め、民医連の研修病院での研修の質の向上を続けること、研修医の学び働きやすい制度を研修医の意見も取り入れ整備してゆくことなどが大切である。

そして民医連におけるこころの診療実践の魅力を伝え、毎年10名以上の精神科後期研修医を迎え入れ、日本のこころの診療を発展させる気概ある民医連精神医療の担い手を育てることを目標とする。

(2)精神科開設、地協単位での「基盤としてのこころの診療推進委員会」設置、県連長期計画にこころの健康推進など 現在精神科常勤医がいる県連は半数に満たない。これも民医連に求められるニーズからすると不十分である。一人医長の精神科の早期の複数化、後継者対策とともに、精神科未設置県連においては、将来的に精神科開設を目標とし、そのための医師養成を検討する。

精神科開設含め、こころの診療推進は、各県連が計画し、地協がそれを援助する。現在も地協単位で診療や研修面において、県連間連携がなされてきている。地協単位で、専門職養成や医療介護活動において、こころの診療推進の現状把握や計画作成支援などをおこなってゆく。そのためにプロジェクトチームあるいは委員会設置をしてゆく。

全日本民医連精神医療委員会は「新しい2本の柱」実践のために、センター的役割を発揮し、他科・他事業所との連携の促進、各地の現状把握、精神科研修充実、精神科開設マニュアル作成などを行い、目標達成を目指す。

第五章 おわりに

こころの問題は、寄り添う形で、精神医学や精神医療なしでも一生懸命取り組んでいるという民医連マインドもあるだろう。そもそもひとの苦悩は単純に解決できるものではないし、こころの健康問題は医学モデルに還元できない裾野の広い問題である。精神科はもちろん万能ではなく、確かに狭い専門領域の知識や技能で解決する問題ではない。

しかし一方で現代のこころの問題の広汎さや複雑さをみると、精神医学的知識なしで対応が完結する問題でもすでになくなっている。民医連が今後さらに発展し、国民の心身の健康の危機を打開するイニシアティブを発揮するために、どうすればこころの診療を推進できるのか、話し合いを進めてゆくこと必要である。

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