未来に向かって民医連の医師と医師集団は何を大切にするのか
未来に向かって民医連の医師と医師集団は何を大切にするのか
民医連は、困窮した人びとに医療を届けようと運動を起こした人たちと、それに共感した医師、看護師たちとの出会いによって始まり、その後、その活動に数多くの先輩医師たちが合流する中ですそ野を広げてきました。医師の確保や養成は民医連の始まりから主要なテーマであり、これまでそのときどきの時代と運動の到達の中で、青年医師の確保と養成・研修の方針がつくられてきました(1)。
1998年の文書「民医連の医師・医師集団は何をめざすのか」から20年、その間に、医学・医療そのものとそれをとりまく状況は大きく変わりました。
医学の進歩は私たちの臨床の現場での診断、治療に大きな前進をもたらしました。現在は、さらに再生医療、がんの治療などさまざまな面で発展を続けており、同時にそれらは生命倫理、医療倫理、医療経済などの課題を提起しています。また先天性疾患、慢性疾患、悪性疾患など広範な分野において医学の主眼は個人のリスク評価とそこへの介入に向かいつつあります。臨床現場では主として諸外国での臨床疫学・臨床研究の前進からEBM科学的根拠にもとづく医療が提唱され、私たち臨床医の医学情報の入手法、それにもとづく判断の方法などが大きく変化しました。
また同じく疫学の前進の中から「健康の社会的決定要因(SDH)」も見出され、国や地域の健康政策、HPHなど日常医療活動にも大きな影響をおよぼしつつあります。いまやSDHは卒前医学教育のコアカリキュラムに組み込まれ、日本プライマリ・ケア連合学会は健康格差に対する見解と行動指針を発表しています(2)。
「患者の権利」を契機として医師―患者関係の変化が生じ、患者中心の医療の学問としての発展があり、多様な個人の尊重を掲げた人権意識の前進の中で、臨床倫理やアドバンス・ケア・プラニングをはじめとしてナラティブなアプローチの重要性が提起されています。医学の進歩が大きく貢献した疾病の予後延長、人口の高齢化、生活モデルで健康をとらえる健康観の変化の中で、医学医療の目標はキュアのみからケアへ、診療の現場は病院から地域へ広がり、地域包括ケアシステムが登場しました。医療と介護、福祉が共同して地域社会の形成に向かうべき時代になりました。
民医連は、21世紀初頭の課題として「人権と非営利」「より開かれた民医連」「働きがいと事業所の発展の統一」「安心して住み続けられるまちづくり」の4つを掲げました(3)。それから今日まで社会保障分野で本格化した新自由主義改革と対峙し、また東日本大震災と原発事故という未曽有の苦難に立ち向かう中で、人権としての医療・介護保障、健康権の実現をめざしてとりくんできました。一方でこの約20年の間に民医連は、医療安全、管理運営、人権擁護などいくつかの側面で、実践の理念からの逸脱による重大で痛恨な経験(4)もし、その克服のとりくみを経て、日本国憲法が保障する基本的人権を根本に新しい綱領を確定しました。
民医連で診療する医師のありようとしては、かつては「ジェネラルの基盤の上にサブスペシャリティ」という一定の像を描き、各人がプライマリ・ケアをしっかり身に着けることを共通基盤としてそのうえに得意分野を習得するスタイルで専門診療を大いに展開してきました。この約20年間に、家庭医療学、総合診療がジャンルとして固有の位置を占めるように発展し、今日的には「総合性を自らの専門として高い力量を持つ総合医・家庭医」と「総合的基礎力を備えた専門医」がお互いに協働しながら地域のニーズに応える医療を実践するという医師像として認識されています。
医療機関、その連合体としての周囲との関係性も変化してきました。かつては、医療機関としての自らの立ち位置を、既存の医療システムに、ある意味対峙する関係で認識し、病院建設、診療科新設、医師養成などにおいても、自組織の一定自己完結的な発展に意識を向けることが必然であった時代をすすんできました。この約20年間での医療活動そのもの、また医師研修制度をめぐるとりくみや医師増員運動など、ときどきの運動をすすめてきた結果、今日では、いろいろな医療団体と課題ごとに協議共同する関係が深まり、現場では地域にある医療機関や、地域で活躍する医療・介護・福祉の専門職やボランティアの人びととの連携と共同の中で自らも発展する時代を迎えています。私たちのアイデンティティはまさに連携と協働の中に見出されます。その連携と協働の環の中で、憲法が保障する基本的人権を守ろうと奮闘する私たちがいます。
前述の大きな時代の変化を踏まえて、本文書は、これからの私たち民医連医師集団の形成について、どのような方向をめざして、どのように実現していくのかを表そうとするものです。そしてこれは、民医連で働く仲間にはもちろん、民医連に興味のある医師たち、医学生たちにも読んでもらえることを期待して書かれるものです。
貧困と格差が健康被害の重要な原因となっています。また、超高齢社会到来に地域包括ケアという新たな枠組みが提起されましたが、公的な医療・介護費用削減をすすめる政府の方針によって、地域住民は、医療からも介護からも遠ざけられる事態が広がっています。さらに政府の方針はそこに市場化を持ち込む動きを強めており、経済格差がいのちや健康の格差によりいっそうつながる結果をもたらしかねない状況です。
超高齢社会にあって、多くの患者は医学的に多疾患併存状態にあり、貧困や社会的孤立が背景にあるほど、また認知症や精神疾患などの問題を抱えるほど、深刻な困難をともないます。一人ひとりの臨床医には、多職種協働への深い理解、健康の社会的決定要因(SDH)への認識、臨床倫理的視点、老年医学への理解など、基盤としての総合性を備えることが求められ、また診療連携では精神疾患、運動器疾患、歯科口腔問題などを含めた臓器別・領域別専門診療と総合診療の協働が重要性を増しているといえるでしょう。さらに、医療だけでなく介護、福祉の分野との協働が多くの場面で必要です。一人ひとりの人権が擁護され尊厳が保たれるまちづくりを志向する地域包括ケアをめざし、医師がそのメンバーとして地域の多職種の連携の環に参加することが大切です。
翻って現在の日本の医学界の動向は、先だっての専門医制度改革の成り行きにも表れたように専門分化、細分化の方向への重みづけが大きく、そこで養成される専門医のコンピテンシー(資質・能力)だけでは、これからの住民のニーズに十分に対応できないのではないかとの危惧が存在します。
また医師労働をめぐっても大きな岐路を迎えています。政府の働き方改革の議論の中でようやく医師も労働者であると確認され、長時間勤務の是正が必須の課題となっています。日本の医師数はOECD平均に比して3割少なく、長時間労働ぶりは突出し、多くの医師が過労死認定基準を超えて働いているのが現状です。現場の医師は労働時間規制に賛成51・6%、反対13・9%と働きすぎの是正を求めています。医療費と医師数を抑制しながら医師の働き方を適正化していくという政府の方針は、地域医療の継続発展とは両立できない方針といわざるを得ません。
2004年医師研修必修化で起きた研修医の大学医局離れは、研修医のキャリア形成とそのためのプログラム選択という意識を高め、急速な医師の流動化が現れました。民医連でも必修化を契機に初期研修医の受入数は増加したものの、後期研修への継続率低下という流動化に直面しました。
民医連の奨学生はここ数年着実に増加しています。しかしながら、医学生の中で民医連への共感が増している一方で、青年医師の定着が減少することで、医師集団が右肩上がりには大きくなれない状況に直面し、少なくない病院・診療所の維持発展に困難を抱えている状況にあります。特に新専門医制度が開始される中、大学や大規模のセンター的医療機関でなければ研修施設になりにくい制度の影響もあり、民医連で研修する後期研修医は減少しています。
初期研修必修化の前までは、民医連に初期研修医が入職するということは、将来にわたって一緒にこの運動を担ってくれる仲間を迎え入れるという意味合いを比較的強く含んでいました。必修化のマッチングで広がった出会いが医療活動や民医連の運動の発展につながっている経験もある一方で、初期研修後に多くが残らないことでその事業所や県連の医師体制がダメージを受け元気が出ないという状況も珍しくありません。さらに専門医制度でこれまでなら時間をかけて専門医としての修練を外部研修も含めてプランニングできていたものが、せかされるように専門医プログラムを求めて民医連を離れていく研修医も増えています。
この変化に私たちは戸惑って立ち止まっていてはいけないのだと考えます。医師の流動化の中にある積極面をくみ取りながら、同時にいろいろなステージにいる我が国の医師たちを民医連に引き付けることに十分には成功していないことを認識する必要があります。民医連の医療活動を担っていこうと決意をする医学生や研修医が生まれてくるようなとりくみが引き続き強く求められます。同時に、そのような医学生や研修医のためにも、キャリア形成への意識と流動化にもマッチした形での、地域住民のニーズに応える医師像とそこへの道程、キャリアプランの提示が必要です。後期研修から民医連を経験する、一定のキャリアを積んでから民医連医療に参加する、そういう医師たちの参加するチャンネルを魅力あるものにすること、民医連の一員として所属したくなる医師集団の形成が急がれます。民医連であることにこだわり、同時に外部と敷居なく連携、交流する中で自らのアイデンティティを磨いていくことが求められています。
- (1)プライマリ・ケアと民医連の医療活動の親和性に確信を置き、民医連の医師研修のあり方を総合的に提起した1981年の「民医連における医師の受け入れと研修の新たな発展のために三たび訴える」、病院規模の拡大の中で民医連の「らしさ」の再確認と発展を期して非営利の運動と人権を正面に据えた1998年の「民医連の医師・医師集団は何をめざすのか」などです。
- (2)プライマリ・ケア連合学会の健康格差に対する見解と行動指針 平成30年3月25日
- (3)2000年の民医連34回総会運動方針
- (4)細菌検査虚偽報告事件、気管チューブ抜去・薬剤投与死亡事件など。
- (5)勤務医労働実態調査2017
「私達は、新しい医療、その患者、患者の生活全体として診ること、医療活動の型を創造しているのだと私は確信しております。
病める肺、病める腎臓だけを診るのではなくて病める患部を医師、看護婦、事務、診療所全体の力が患者とその家族、否、もっと多くの同じように生活とたたかっている人達と力を合わせ、その合作した力で一人の患者を治療し、健康と、健康がささえられる生活を守ろうとしているのです…」民医連の結成大会1953年の会長挨拶です。
ここで宣言されたものは「病気ではなく人を診る」というPatient Oriented Systemの視点はもちろん、健康の社会的決定要因に通ずる認識、多職種協働の意識、権利としての社会保障はそれを求めていく主体者とその運動が必要であるという社会保障論など、今日的にも大変重要な内容が詰まったものでした。私たちはその後のとりくみの中で、「生活と労働の現場から患者をとらえる」「その問題解決に職員で力を合わせる」という「目とかまえ」を確認し、生活困窮者の医療、公害、労働災害、被爆者医療などで確かな役割を担う歩みにつながりました。この歩みは、今もその一歩を刻み続ける民医連の医師集団の大切なこだわりであり、その行動、努力は当事者団体をはじめ広く認知されているところです。
WHOはその創設から、健康をすべての人びとの権利と規定しました(6)。Health for allを旗印にしたとりくみの戦略として生まれたのがプライマリヘルスケア(PHC)です(7)。
PHCが冷戦の東西を越え、また経済発達の南北を越えて先進国の中でもとりくまれる中で、ヘルスプロモーションが導き出されました(8)。
1990年ごろから多く集積された健康の社会的決定要因(SDH)が、PHCとヘルスプロモーションの戦略に科学的根拠を提供する役割を果たしています。
民医連がその草創期からとりくんできた「生活と労働の現場からみる」という実践を科学として明確にしたのがSDHという関係です。さらに、2016年のSDGs(9)の中に位置づけられた市民参加の医療システム(10)は、それが非営利・協同に基づくという条件であれば、民医連の「共同のいとなみ」「住み続けられるまちづくり」と軌を一にするものとなっています。
そして現時点での最新の戦略としてのユニバーサル・ヘルス・カバリッジはまさに「だれもが医療を受けられる」ことをめざす私たちの方針とよく一致しています。民医連の医療理念とそれに基づく実践は世界の流れとよく響きあってきたことがわかります。
ヘルスアドボケートは、国家としてSDHを認識しとりくんできたカナダの医師養成のプログラムにおいて、その始まりである1996年から基本的コンピテンシーの一つとして採用されました。そこでは、「医師は、地域社会や患者集団の健康を高めるために、人びとと協力して自身の専門知識や影響力を行使し、そのニーズを特定し、必要なら代弁者として声をあげ、また変革を起こすための資源の動員を支援すること」が到達目標とされています。
いま、私たちの実践の到達と世界の挑戦によく学び、健康の社会的決定要因をよく認識し、現場から可視化することが大切です。
そして、多様性を前提とした個人の尊厳と公正な保健医療をめざして、人びとの健康を阻害するもの、健康格差を生み出すものに対してタックルすることが今日の私たちに求められているのではないでしょうか。
多職種と力を合わせて、カナダのヘルスアドボケートでいうところの、ミクロ(診察室)、メゾ(地域)、マクロ(社会)のレベルで、患者とともにその解決へと努力することをめざし、その第一歩としてそれを実践するチーム、事業所づくりを行いましょう。
そして外部の同じ思いの医療者と大いに交流しながら共同し、とりくみを広げていきましょう。
健康格差の縮小・解消に挑んでいくために私たちができることは、日々の医療実践とまちづくりのとりくみの中にあります。
民医連は医療・介護活動の指針として2つの柱を提起しています。①「貧困と格差、超高齢社会に立ち向かう無差別・平等の医療・介護の実践」②「安全、倫理、共同のいとなみを軸とした総合的な医療・介護の質の向上」の2つです。この二つの柱に指針が集約されたその基盤には、日本国憲法の定める基本的人権が公正に医療現場に生かされるべきである、疾病には自己責任論を寄せつけない社会的決定要因が存在する、医療者と患者は「共同のいとなみ」という関係性である、という医療に対する認識、理念的到達があります。
実際の医師の医療実践は、日常診療において、患者の話によく耳を傾け、多職種の意見にもよく耳を傾けながら協働し、患者中心の医療、親切で良い診療を実践することから始まります。
民医連で働く多くの医師たちが、社会的弱者を決して置き去りにしない医療機関で働くことにやりがいと誇りを持ちながら、医療の質の向上を追求し続けています。
医療の質はその資源としての医療者の知識、技能、態度が大切です。特に医師集団にはその事業所の医療レベルの進歩を担う役割があり、これまでそうであったようにこれからも研鑽を続けることが欠かせません。同時に、医療の質の根本には患者の基本的人権の擁護・実現があり、そのプロセスとして、「共同のいとなみ」という関係性と多職種による協働があります。私たちの医療技術そのものも一方的に私たちの「腕前」で成り立つのではなく、その対象となる患者が主体者として参加することで技術そのものが発展するという共同の関係にあります。多職種の中で、また患者との「共同のいとなみ」の中で私たちの医療水準をきたえていくことが必要です。
健康の社会的決定要因はその人が生まれてから現在に至るまでの生活社会の中に存在します。
目の前にある疾病・健康問題の上流にはその原因が存在することがあり、また、貧困など疾病を悪化させている問題がその人の背景に隠れていることもあります。私たちはそこにある問題を個人(人間関係)のレベル、地域のレベル、社会のレベルで見つめる必要がありますが、まずそこにある目の前の患者が抱える問題に気がつくアンテナを持たなければなりません(11)。
診察室(ミクロ)での実践のなかで、そこにある地域(メゾ)の課題、社会(マクロ)の問題を透かして見ることは私たち民医連の医師の「基本的スペック」のひとつです。多職種協働の力で、全人的にその患者を把握し現在の病状のよってくるところをつかみ、それぞれのレベルでとりくむべきこと、その解決策を探していきましょう。そのようなヘルスアドボケートを医師が実践していくためのツールやシステムの工夫・開発も必要です。
地域での多職種連携、まちづくりが健康格差を縮めるために大きな力を発揮します。
その地域での連携の質は患者、住民の健康、生活の質に直結します。私たちは、医療機関同士の診療連携だけでなく、介護との連携、福祉との連携、行政との連携などに、適切な多職種協働のコンピテンシーを持った専門職として参加します。そして、その際、憲法の保障する基本的人権をしっかり擁護・尊重するという視点をもって参加することが大切です。
まちづくりは、この地域包括ケア時代、人口減少社会において、とても重要な課題です。民医連は共同組織の仲間とともに、誰もがその人として尊重されるまちづくりにおいて重要な役割を果たせる大きな可能性をもっています。社会福祉協議会、地域包括支援センターやさまざまなNPO など、たくさんの人たちが地域の中で生じている困難に対して公的システムの内でも外でも立ち上がりとりくんでいます。政府が「我が事・丸ごと地域共生社会」を打ち出しましたが、その中身は自助共助で足らない分は市場原理でまかなうという社会保障制度の根幹を覆す方向性が強いものです。私たち医師集団には、社会保障は住民一人ひとりがもっている権利であるということを確認しながら、地域の人びとと一緒に、住民本位のまちづくりの環に参加していくことが求められます。
アウトリーチという言葉は福祉の現場で使われていたものですが、医療の現場でも、事業所を訪れることができないでいる人たちや、不健康を自覚できないでいる人へのヘルスアドボケート、いわば「置き去りにしないヘルスアドボケート」としてのアウトリーチが大切な課題となります。診察室で待っていては発見できない困難を抱えた人たちや、地域社会が抱える問題を知ることができるかもしれません。地域の実情、ヘルスニーズを知るためにも、医師それぞれの条件と得意分野を活かして事業所の外につながることから始めましょう。
医師集団には、それぞれの地域で自らの県連、法人、事業所がどのような役割を担うのか、いわゆるこれからのポジショニングを幹部職員と一緒に考え、議論し、見定めていくことが求められています。今日の情勢、疾病構造の変化、医療のパラダイムシフトなどにより、大づかみに言えば、地域住民の生活の場に寄り添って存在する民医連の中小規模病院の多くは、その主要課題として、一次あるいは二次救急と事業所の機能のおよぶ急性疾患の治療、住民の疾病の予防と慢性疾患の管理、(超急性期病院での治療後を含めた)疾病からの回復・社会復帰、在宅医療のバックアップ機能などを担っています。地域住民からは、かかりつけ機能と同時に最後のよりどころとして期待され、地域のネットワークの中での住民の健康権を保障するハブ機能を発展させています。
医療構想、それを達成するための医師政策(医師の獲得や養成、医師集団づくりなどに関する方針のこと)は、連携やアウトリーチを通じて地域の医療ニーズを把握し、そのニーズから出発することが当然の前提です。そのうえで規模や歴史や地域の事情により導かれる、その県連・事業所固有の役割の発展方向を見定め、医師集団形成の目標を持ち、必要な医師の確保と養成を提起し多職種と共に実践していくことが大切です。
「政治は生活に身近なのです」沖縄県知事であった翁長雄志さんの言葉です。また、米国・欧州の4つの内科学会が2002年に発表した「新ミレニアムにおける医療プロフェッショナリズム‥医師憲章」には「医師には医療における不平等や差別を排除するために積極的に活動する社会的責任がある」と書き込まれています。
医療や介護はその制度の内容により患者・利用者の負担は大きく左右され、受療権が保障されないことも現実に起きていることです。患者の困難や状態悪化の原因がそこにある社会制度に由来する場合はその是正を求めて私たちが声をあげる必要があります。
同様に、平和、環境は健康の社会的決定要因にほかなりません(12)。戦争を避けより平和な社会をめざす、良い環境を次世代に残すという社会・人類の課題においても、いのちと健康の根源にかかわることとして、高い関心をもって一人ひとりの自発性に基づいて行動することが求められます(13)。
現場の実践の中から事実を抽出しエビデンスとしてまとめて発信することは私たちの大切な役割です。事業所の実践、まちづくり、社会保障制度への提案など、どのレベルにおいても、住民のいのちと健康を守るために行動するには、その基礎となる現状の可視化、データ化が説得力をもちます。また一方で、「最も困難なところに光を当てよう」。これは私たちがこれまでのとりくみの中で意識しているところです。そこにある物語を抽出することで起きていることの本質をつかみ、とりくみの方向を見定めることができます。エビデンスとナラティブとを両輪として現場の現実を可視化することが大切です。
国際的にみて臨床医学研究が盛んとは言えない我が国の現状の中(14)、特に健康の社会的決定要因を自覚している民医連が発信する役割と責任は大きいはずです。近年、自分の専門領域の学会やジャーナル、地域の医師会の紙誌などで健康の社会的決定要因に関する客観的データを発表し、高い関心や共感を得ている民医連の医師も増えていますが、まだまだ決して多くはありません。全国各地でおおいに発信していきましょう。
全日本民医連という全国組織のスケールメリットを活かした、共同研究や研究活動への支援体制、情報共有をすすめることは非常に重要で強く求められるものです。
- (6)〝The enjoyment of the highest attainable standard of health is one of the fundamental rights of every human being without distinction of race, religion, political belief, economic or social condition.〟Constitution of WHO : principles,1946
- (7)アルマ・アタ宣言1978年
- (8)オタワ憲章1986年
- (9)持続可能な開発目標(SDGs)とは、2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030 アジェンダ」にて記載された2016年から2030年までの国際目標。
- (10)Integrated People Centered Health System(IPCHS、2016年);健康サービスの対象は個人だけでなく家族やコミュニティー(地域)であり、人びとがサービスの受け手であるだけでなく参加者であり、さまざまなサービスが需要に応じて連続的に提供され、健康政策決定にコミュニティーの参加、社会的弱者への配慮があるべきとされている。
- (11)「自分に陰性感情が芽生えるときその人が「貧困」を抱えていないか?を考えよう」という現場からの示唆も発信されている(『民医連医療』2019年2月号、長野県民医連小児科 和田浩医師の講演より)。J-HPHは、医療現場のアンテナの感度を高めるべく貧困ツールを開発中です。
- (12)オタワ憲章(1986年)では、健康の前提条件として1 平和、2 住居、3 教育、4 食糧、5 収入、6 安定した環境、 7 持続可能な資源、8 社会的公正と公平があげられた。
- (13)「ヘルスプロモーションの最大の敵は貧困、究極の目標は平和」オタワ憲章の立役者の一人であるイローナ・キックブッシュ博士の言葉。
- (14)辰巳邦彦「主要基礎・臨床医学論文掲載数の国際比較」政策研ニュース第35号2012年3月:主要雑誌への掲載原著論文数で基礎医学分野世界4位に比し臨床医学では世界25位、経年的にも低下していることが紹介されている。
大切な前提として、医師一人ひとりは多面的な個人です。また民医連との出会いもその医療活動への共感の度合いや意見も多様です。一方で私たちには、住民の医療を受ける権利が保障され、患者が個人として尊重されることへの積極的同意、経済格差がいのちの格差につながってはならないという認識、民医連の各事業所の医療活動に共感し、地域の医療ニーズに応え住民の健康権を守るために診療する、という共通項が存在します。多様性が存在することは民医連が時代の中でその役割を発揮していくうえで積極的な意味を持っています。
私たちは一人ひとりの診療のキャリアも異なれば、得意不得意分野も異なります。
私たちは民医連で働く医師のスタイルを「総合性を専門とする総合医・家庭医」と「総合性を基盤とする専門医」と表現してきました。その中での一人ひとりの医師、あるいはその事業所の医師集団における軸足のウエイトの置き方は働く地域・環境にもかかわってさまざまです。
総合診療に軸足がある医師も領域別診療に軸足がある医師もお互いを理解・リスペクトし、その強みを与え合い、弱みを補い合いながら協働して診療をし、後輩も育てていく、そういう力と構えを持ちたいと思います。
我が国の医師の多くが慢性的な過労状態にあります。民医連でもそれは例外ではなく、医師労働の効率化、軽減に向けた法人あげての努力を強める必要があります。私たちは患者の受療権を守りつつ、医師の働き方を変えていくためには、根本的に我が国の医師の増員が必要であり、それを前提とした診療報酬体系が必要であると考えます。
診療、教育、研究、会議、管理業務そのほか多忙な中堅、ベテランは「我ながらよくやる」と思い、若手は「あのようには働けない」と思う状況があります。そこでは民医連事業所の諸活動を「運動なのだから時間外であっても当たり前」という考えと「業務なのか業務でないのかはっきりすべきだ」という考えとが衝突したりもします。若手は日本人が「仕事よりも仕事と余暇の両立優先」と考える時代に生まれ成長してきました。ベテランが成長してきた「余暇よりも両立よりも仕事優先」だった時代の日本は、若手から見れば奇異に映ります(15)。
ワークライフバランス以外にもいろいろなギャップが医師集団の中に存在することを前提に、それを乗り越えて、一人ひとりの医師の生き方、自己実現をお互いに尊重しつつ、基本的人権が大切にされる地域医療、まちづくりをすすめるために力を合わせる医師集団形成が求められています。またその一環として、女性医師がより活躍できるルール、労働環境、生活支援環境の整備が大切な課題です。そして、そのような医師集団形成の成功こそ、後継者の獲得と養成の成功の確かな前提となります。
第2章1で紹介したように民医連は結成時より多職種型で医療を実践することの重要性を認識し、その協働関係の中に民主的関係を求め、その後の活動の中で「民主的集団医療」という言葉を使用しました(16)。当時は「医師を中心とする」という医師によるリーダーシップとそれにふさわしい医師像の追求も議論されましたが、同時に対等平等の関係での民主的議論(多職種型カンファレンスなど)の保障の重要性が強調され、実践の中で権威勾配の少ないお互いに意見を出し合えるチーム医療をめざしてきました。このようなとりくみの中、今日まで民医連と言えば垣根の低いチーム医療と評価されることが多い状況です。
しかしながら現場ではまだまだ多職種の協働を阻害する行動が医師にみられ、パワーハラスメントが指摘される場面も存在します。今日的には多職種協働はそれ自体が学び身につけるべきものとされ、諸外国でもその教育は重要なテーマとなっています(17)。患者、家族も主体者として参加するチーム医療・多職種協働を積極的に学びなおし、実践を重ねていきましょう。さらに病院や診療所の中だけではなく地域の介護、福祉、行政など幅広い専門家との協働において、私たちはそこで一緒に働きやすい協働者として参加できるように実践の中でフィードバックを受けながら大いに学び続ける必要があります。
また、他の職種の学習に貢献することも大切な役割です。医師としての知識技術を生かしながら他職種の仲間の成長を支援し、同時に他職種のプロフェッショナリズムに大いに学びます。多職種教育の中での学びあい育ちあいを創っていきましょう。
日々の医療実践の中では、「共同のいとなみ」という関係性を大切にします。民医連は1986年に、医療を、人権を守るための患者・住民と医療従事者との共同のいとなみとしてとらえることを提起しました(18)。
この「共同のいとなみ」論は、医療制度を良いものにしていく運動の面だけにとどまらず、医療現場での患者―医療者関係においては、パターナリズムにも顧客主義にも陥らない「患者中心の医療」の羅針盤として作用し、患者が主体者として参加する患者の権利の発展にも寄与しました。また医療の質においても、「医療はお金で買うもの」というような市場原理に傾くことを防ぎ、安全や倫理などでもその根本に基本的人権を据えたものとして発展させる力を発揮してきました。
私たち民医連の事業所に多くの医学生が参加してくれるよう働きかける活動は医師の大切な仕事の一つです。同時に、民医連の職員全体、共同組織をあげてとりくむ重要な課題でもあります。医学生にかかわる活動の責任医師、かかわる職員、担当事務職員に協力しながら、一人ひとりの医師ができることを担ってその活動にかかわるようにしましょう。
民医連の「医療・介護活動の2つの柱」の実践とその意義、そこに今求められる医師としての仕事があることを医学生にまっすぐに伝え、大いに参加を呼びかけましょう。
また、民医連にとって医学生は、住民本位の医療を実現していくための大切なパートナーです。
医学生に医療現場の実際と住民・患者の状況を届け、一緒に改善のための模索をしていくために、私たちは医学生にかかわる活動を重視しています(19)。
民医連の医師養成は①地域で育つ、②多職種で育つ、③役割を担って育つ、④主体者として参加して育つ、⑤SDHを意識した実践の中で育つ、という特徴があります。
日々の研修指導の場面でのフィードバックの行い方、学術的指導・支援などの指導力を磨くことはもちろんとして、患者中心の医療と共同のいとなみ、SDHへの視点、多職種協働のコンピテンシーなどにおいて適切な指導をしつつ研修医と育ちあいましょう。初期研修の大きな見直しが始まっています(20)。
各事業所の初期研修、後期研修プログラムは常に評価され改善されていく必要があります。
民医連の医師養成との関連では、専門領域の技術修練を制度化された仕組みの中で行うことや外部との交流で技術向上や標準化を獲得する機会を医師に保障することは重要であり、同時に、専門医プログラムを修了することと民医連の医師を養成することは同じではなく、生涯学習の一つのツールという位置づけです。今回の新専門医制度は、総合診療専門医が確立されたという積極面はありますが、専門医制度発足後の各医療団体の独自の医師養成へのとりくみ(21)が如実に示すように、総体としては、地域医療の現場、地域包括ケア時代で活躍する医師への切実な養成要求はなかば置き去りにされています。
我が国にとって、これからの時代に地域住民のいのちと健康を守る医療を担う医師の養成は極めて重要な課題です。民医連はその観点から、現制度に対しては、基本領域では多様な地域医療の現場で総合性を獲得するように、地域の病院が基幹型施設を担えるような制度設計に見直すこと、地域医療に従事している医師がおおむねその日常の医療実践を継続する中で取得・更新できる制度にすることを求めます。そのような状況の中、民医連が基幹施設や連携施設としてかかわるプログラムでの総合性を重視した研修をすすめていくことはとても大きな意義を持っており、現在、すべての基本領域で民医連内には基幹型あるいは連携型の研修プログラムがあります。
内科、総合診療専門医領域が大半を占める基幹型としてのプログラムは、そのプログラム(施設)のもつ魅力、養成力が問われています。基幹型が自県連にない領域の専攻医をオール民医連で集中するのか、その地域の連携の中で育成するのかについては、その地域での連携の到達、当該の県連の状況や判断があります。
しかし可能な分野があれば大学をはじめその地域での基幹型医療機関と適切な関係を構築しながら専門医養成の連携の中に加わっていくことは挑戦すべき課題です。
少なくない領域、および少なくない県連・事業所で、この専門医制度は、初期研修医が修了後にいったんその事業所や民医連そのものを離れなければならないものとなりました。さまざまな分野で数年の単位で専門医療機関に研修に出て帰還し県連・事業所の技術建設を担うことは、民医連ではこれまでも数多く経験してきました。
肝心なことは初期研修までの間に、民医連、またはその事業所の発展を自分の生きがいにする当事者意識を持った医師を一人でも多く生み出すことです。この制度に対して大切だと思われる対策は以下の通りです。
- 1)医学生、初期研修医の時期を通じて、民医連と事業所の存在意義への共感、そこでの自己成長、キャリア形成の道筋・プランへの展望、当事者意識を形成すること。
- 2)実効性と魅力あるトランジショナルイヤー研修を準備し、初期研修後の1年間じっくり1)を形成する時間をつくる選択肢をもつこと。
- 3)基幹型プログラムをとれるところ、連携施設になれるところは積極的に準備する。連携施設となるプログラムは大学など基幹型施設との関係で「民医連での研修期間」を確保するスケジュールを追求し、その修練期間において「民医連医師としての成長」を実践上のアウトカムとして位置づける。
- 4)「いったん離れること」は新しいつながりが生まれ、新しい技術、文化を取り入れるチャンスであると位置づけ、「当該分野での技術がその地域の民医連医療にどう生かされるのか」を専攻医となる医師ともよく話し合い、県連・事業所の診療レベルの発展につなげる意義を医師集団で確認する。
- 5)後期研修・専門医研修を担当する事務局を配置し、担当医師と共に、プログラムのプロモーション・ブラッシュアップと専攻医の確保、研修にかかわる実務、専攻医のフォローや定期的面談などを着実に行う。
どのような医師集団を形成することが求められるでしょうか。以下にその評価軸を例示してみます。それぞれの県連や法人・事業所で自らの評価軸を多職種で検討してみましょう。
- ○診療の質のたゆみない向上、一人ひとりの持続成長
- ○多職種から一緒に働きたいと認められること~多職種協働のコンピテンシー
- ○SDHへの認識とヘルスアドボケートのとりくみ
- ○民医連綱領への共感
- ○後継者の確保と養成への参画
- ○医師集団の質‥相互の尊重、協力的である、学術的である、自律性、豊かなコミュニケーション・対話
- ○人間的な働き方、女性医師や性的マイノリティ、各人のハンディキャップを含めてすべての医師の働きやすさ
- ○適切なマネジメント‥個々のやりがいの強化、評価・報酬
力を出し合ったり助け合ったりすることで、診療はもちろん、研究、教育、働き方、まちづくり、ヘルスアドボケートなど医師の行動の質は向上する可能性があります。その集団の力が適切に発揮されるためには、単なる集合体ではなく、集団が「組織」として機能することが必要です。病院であれば、各々の医局運営が重要となります。業務の管理ラインを適切に機能させながら、目標に向かって力を合わせることができ、かつ規律性を保った組織にしましょう。
同時に、一人ひとりの意見はくみ取られて各自が主体的に参加する組織となっているでしょうか。上級医、管理者は、一人ひとりの医師と十分な対話をする必要があり、そのための時間的保障が大切です。そして各医師は組織人としての学習の機会が必要です。
医師が管理上の役割(病棟医長、診療科長、診療所所長、病院長など)を担っていくときに、そこに必要な力量が養成されたうえで任を担っているでしょうか。制度教育などにより必要な知識、技術を習得するシステムが必要です。
幹部養成も重要です。組織として、自らの集団の中から、その組織をけん引する人材が輩出されることは必須です。それは日常医療活動の中から生まれますが、その医師がさらに組織の牽引者として成長する仕組みが必要です。
民医連の医師集団は多職種と共同組織の仲間の中で鍛えられ輝くものであり、集団づくりの課題は医師のみではなく全職員と共同組織の課題です。民医連で決意をもって働く職員集団との交流の中で医師集団も成長します。その中で事務職員は医師集団形成における大切なパートナーです。
単に業務を円滑にすすめるためだけの存在ではなく、医師集団づくりを自らの課題としてともにとりくむ存在です。医師集団と事務集団とでどのような医師集団をどうつくっていくのかおおいに議論と共同が求められます。
民医連というスケールメリットを活かすことも有効です。たとえば青年医師が自分の事業所以外で学びたいという要求があれば、それを事業所や県連にとどめず地域協議会でも共有し、人事交流/支援などを検討して、一人ひとりの生涯教育を創り出すことにもトライしましょう。
時代の変化とその間の民医連のとりくみの到達を踏まえて、これから民医連の医師たちが何をめざしどのような医師集団をどう形成するのかを全国の医師をはじめ職員で議論し作成しました。
時代の進行とその中でのとりくみに伴って民医連の医師集団に求められることや悩みや課題は変化します。それを独りよがりでなく正面からとらえて乗り越えることでまたあらたな前進が得られます。
私たち民医連の医師集団が何を大切にするのかを折に触れ議論をすることが民医連の医師集団形成のとりくみそのものであり、それができることが民医連のもつ力なのだといえます。これからもそれを問い続ける医師集団でありつづけましょう。
- (15)NHK「日本人の意識調査」;1973年から5年ごとに行われている同調査では、仕事優先と余暇優先の割合が1988年に逆転し余暇優先が仕事優先を上回った。
- (16)この言葉にはチーム医療で職種間の関係性だけではなく、そこで患者の抱える社会的困難に目を向け解決に努力するという協働の目的、その協働を保障する民主的な組織運営のあり方、患者住民の主体的参加という内容も含んでいた(1998年33回総会方針)。
- (17)例えばCore Competencies for Interprofessional Collaborative Practice 2016Update;IPECなど参照
- (18)医学医療の進歩を不断に取り入れ、医療内容の向上をはかるとともに、患者や住民の自主的な組織と協力・共同した医療変革のとりくみによって、高い水準の「患者の立場に立った医療」を追求するという中身。当時の認識において、患者には「診察室で良い診療を受ける権利」と「社会保障の権利」と2つの権利(1992年)があり、それを実現するには「共同のいとなみ」という関係性が必要とされた。
- (19)医学生にかかわる活動(医学対活動)の2つの任務として、①医学生のさまざまな自主的活動を援助し医学生の民主的成長と運動の発展を促す、②民医連運動の後継者を確保する、を掲げている。
- (20)2020年に初期研修必修化後の3回目の改定が行われる。
- (21)日本病院会の「日本病院会認定 病院総合医育成事業」、全日本病院協会の「全日病総合医育成プログラム」など。