丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター
この連載を始めてから2年以上たちました。読者感想で楽しみにしているというお言葉を頂戴することもあり、ありがたい限りです。ところで、今さらですが、最初原稿依頼を受けた時の言葉を思い出しました。「医療の話だけではなく、病院の外での活動や家庭などいろいろな内容について書いてもらいたい」。どうやら医師としての私だけではなく、「○○に住んでいる丸橋さん」だったり「○○ちゃんのお母さん」としての私の姿も期待されていたのではないか、とようやく気付きました。遅すぎました??
女性医師が仕事以外のこと、特に家庭のことを書くとなると、いつも「いかに仕事と家庭の両立が大変か」という話を期待されます。私の場合、職場も家庭(夫というより夫の両親)も協力的ですので、仕事と家庭の両立は疲れますが困難ではありません。むしろ、妻と一緒に子育てしたいのに、「男性」というだけで職場の理解がえられず、子育てに参加困難な男性医師の話を聞きたくなるのは私だけでしょうか?民医連にも「イクメン医師を!!」で、今回私がお話しするのは、「我が家の男の子の性教育??」についてです。
我が家には思春期真っ只中の娘と思春期前夜の息子がいます。PTAに講演に伺うとお母さん方から「女の子のことは自分の経験があるからわかるけど、男の子の性教育ってどうすればいいの?」という疑問、心配をお聞きします。女の子の性教育を自分の経験だけで行うことは、実は弊害もいっぱいあると思っているのですが、その話はまたの機会にします。
「男の子の性教育」。皆さんなら、自分の子どもが男の子なら何を教えますか?男の子は男の子同士でいろいろ話するだろうから、放っておいても大丈夫?それとも、彼女が出来た頃に「妊娠だけは気をつけなさいよ」なんて言ってみます?
我が家の男の子への性教育もどきは1~2歳頃から始まりました。お姉ちゃんの時もそうでしたが、その頃どうやら「男の人(お父さん)と女の人(お母さん)は体のつくりがちょっと違う」と気づくようです。そこで、男の人にはペニスがあること、女の人にはペニスがないこと、そのかわり女の人にはだーい好きなおっぱいがあることを教えました。そのことを保育園の連絡帳に書いたところ、保母さん達が○○先生は女の人?男の人?と次々確認し、若くてきれいな先生はみんな女の人だったのに、担任の年配先生だけ“男の人”と言われた、と残念がっていました。
3歳ごろには、ペニスのことを教えたついでに、ペニスは清潔にしておかなくてはいけないことを教えようと思いました。世の中の少年・青年雑誌には「包茎の男は女にもてない!」と包茎手術の広告がたくさん載っています。私達女は、ペニスの大きさや形で相手を選んでいるわけではなく、その持ち主のハートの方が大切だと思っているのですから、将来そのような宣伝文句に踊らされないよう、“必要時にむける”ペニスになってもらおう。そのため、炎症を起こして包皮が癒着をおこさないよう、毎日お風呂でちょっとむいてきれいにする、ということを教えました。最初は私が“ちょっとむく”ということを不慣れながらやっていたのですが(もちろん私にとっても初めての体験)、ある日ちょっとむくつもりが、完全にむけてしまい包皮が戻らなくなってしまいました。相当痛かったらしく夫が帰宅して直してくれるまでパンツもはけないまま数時間を過ごしました。一歩間違えるとトラウマになってしまうところでしたが、幸い心に傷もつかず、決して人任せにせず(というより私には触らせず)自分で上手にペニスのお手入れが出来るようになりました。今はもう、一緒に入浴しませんから確認できませんが、今でもちゃんとお手入れ出来ていると思います。
お姉ちゃんが小学校中学年になったころ、『性の絵本』(大月書店)を買ってお姉ちゃんに説明している横で息子も一緒に聞いていました。5冊組の絵本で、自分で気になる本を読んでいるようでした。そこで、彼が小学生になってから、そろそろ自分の体の変化のことについて先に知っておいてもよいかなと思い、『ちんちんがやってきた』(学苑社)という本を買ってリビングにぽいっと置いておきました。この本は男の子を持ったお母さん向けの本ですが、漫画の挿絵もあったためこれまた勝手に自主勉強してくれました。彼は時々、自分で仕入れた知識を夜一緒に寝るときなどに、「朝、起きた時に大きくなってる時があるんだよ、これって勃起っていうんでしょ0!」と自慢げに披露してくれ、エサまき方式の性教育もありだな0と思いました。
私が夫のいびきから避難して子ども部屋で寝ることが多かったので、仕事や当直で不在にしている時間が長い割にゆっくり息子と話しする時間が多かったのかもしれません。何気なく発する性に関連する言葉を、アンテナをはって待ち構えていると、時々「その言葉、待ってました」というのが引っかかります。
「将来は胸の大きな女の子を彼女にする」(彼の名誉のため言っておくと、まだおっぱい好きの幼少期の話)…母「胸だけじゃなくて、心の優しい人を見つけてね」
「ここ(ペニス)をこすると気持ちいいんだよ」…母「気持ちいいことだけど、汚い手で触ったり、人前でしたり、人にしてもらうことじゃないんだよ。将来、女の人を自分が気持ちよくなるためだけに利用しようと思わないでね」
など、我が家の息子は少しユニークな発達特性をもっているので、一般的な母と息子の会話とは多少違うかもしれませんが、こんな感じで我が家の男の子の性教育(というか母と息子のじゃれあい)を行ってきました。これから、思春期に入ってもこんな感じでやっていけるのか、それともまた別の方式になるのかわかりませんが、コミニュケーションをなんとかとりつつ親が伝えたいことを発信していきたいなあと思っています。
丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター
今年の夏は暑かったですね。巷ではグリーンカーテンが大流行。私も、節電対策&心の癒しの庭弄りのためにグリーンカーテンを作りました。でも・・・。ゴーヤの種を植えたのに、何故か「かぼちゃ」になっちゃいました。空中かぼちゃ、すでに収穫を終え、秋のハロウィーン時期が待ち遠しく待機中です。
地べたを這って育つかぼちゃも、支え一つで天高く育ちました。かぼちゃって「やればできる子」だったんですね。
さて、ここ数回の「課外授業」は産婦人科医としての医学的なお話しというよりも、心のケアのお話しが続きました。今回は、少しだけ医学的な領域に戻ってお話しをします。当院で取り組んでいる母乳育児支援の取組みについてです。
当院では母乳育児支援の為、これまで様々な取組みを行ってきました。特に2007年からは、WHO/UNICEFの共同声明である「母乳育児成功のための10か条」を実践している病院を公式に認定する『赤ちゃんにやさしい病院』と認定してもらうことも含めた活動を、「赤ちゃんにやさしい病院」推進委員会を中心とした病院全体の取組みとして頑張っています。
産科と小児科だけの取組みではなく、病院全体のものとするため、新入職員オリエンテーションで、"なぜ、今母乳なのか"当院ではどのような支援を行っているのか"職員一人ひとりが関われることは何なのか"などを考える時間をつくっています。中には「母乳」「赤ちゃんにやさしい」という言葉じりをとらえ、「母乳だけにこだわるのはどうかと思う」「お母さんには厳しいのではないか」、という反応や、これまで出産経験のある職員からは「母乳をあげたくても出なかったことを責められているようで辛い」という反応が返ってくることがあります。
そのような声に対しては、人工乳は、栄養、免疫、衛生面ではるかに母乳に及ばないこと。また、多くの女性が我が子に母乳を飲ませたいと思っているのに、周囲の配慮や医療者のケアが足りないばかりに「おっぱいが出ない」「足りない」と思わされていていること。「赤ちゃんにやさしい」とは、「母乳で育てたい」という女性とその恵みを享受する赤ちゃんの双方を支援する取組みであり、母子を取り巻く環境を整えることでもあると説明しています。もちろん、医学的な理由で赤ちゃんに母乳をあげられないお母さんもいます。その場合は、より密接に母子を支援し、母親としての自信が持てるようにサポートします。
産婦人科医療のガイドラインにも、この「母乳育児成功のための10か条」が記載されており、出生直後異常のない児は、なるべくお母さんのそばでケアをすることとなっています。当院では、出生時異常のない赤ちゃんは、母の同意の元、カンガルーケアを行っています。スタッフが安全を確保しつつ、生まれてすぐ母の胸の上に直に赤ちゃんをのせます。最初「おぎゃー」と泣いた赤ちゃんは、胸の上に乗せられると、泣くのをやめて穏やかに過ごします。中には、母乳の匂いに惹かれるように体をもぞもぞと動かし、乳首の近くに行こうとすることもあります。そして、赤ちゃんの観察のため、お母さんから体を引き離されると、殆どの赤ちゃんが「離さないでー」とでもいうように激しく泣いて抵抗します。
産後のお母さんはなるべく、24時間、赤ちゃんと同室、同床で過ごします。赤ちゃんが欲しがる時に欲しいだけ母乳をあげるためです。休めずにかわいそう、という声が聞こえてきそうですが、赤ちゃんが寝ている時はお母さんも一緒に寝てもらったり、寝ながらおっぱいを飲ませる「添い乳」を練習してもらったりして、なるべく、お母さんも楽に過ごせるようアドバイスをします。数日間は、母乳の分泌も少ないのですが、根気よく赤ちゃんが吸い続けることで、徐々に母乳分泌が増えていきます。この、最初の数日を乗り切ると、母子共に楽になる事が多いのです。この時期を例えるならば、皆さんは、最初に自転車を練習したことを覚えているでしょうか?始めからすいすいと乗りこなしたり、片手運転や手放し運転が出来たわけではありませんよね。補助輪を使ったり、後ろから支えてもらったり、何度か転びながら練習してやっと乗れるようになったと思います。同じように、母乳育児成功のためには、少しの努力と周囲の支えが必要です。辛いことを取り除くだけが支援ではありません。
しかし、中には、様々な要因で思ったように母乳栄養が進まないことがあります。小児科医が必要と判断した場合は人工乳を一時的に補充することがありますが、母乳栄養の支援をやめるわけではありません。少しずつ前に進めるよう、入院中だけで不十分な場合は、授乳外来で支援を継続します。
また、お母さんが赤ちゃんとじっくり向き会える、時間と心の余裕も必要です。いつでも気兼ねなく母乳をあげられる環境も大切です。当院は経済的困難を抱える方の入院助産制度を利用しての分娩を受け入れています。統計によると、ここ数年間の取組みで退院時及び1ヶ月健診での完全母乳率は徐々に上がっており、約9割の方が完全母乳栄養です。一方、入院助産利用者は、退院時には非利用者と同様に9割が完全母乳ですが、1ヶ月健診では7割以下に低下しています。入院助産を利用している人は、経済的困難に加え、若年、シングルの人が多い傾向にあります。支える人の少なさ、経済状況が、ゆっくりと母と子が向き合うための「心」と「時間」の余裕を奪っているのかもしれません。母子を取り巻く社会が優しくないと、母乳育児は困難です。私達は、母乳育児支援をきっかけに地域社会に働きかけ、弱者にやさしい社会になるよう取り組んでいきたいと思っています。
丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター
最初に、3月11日に生じた東日本大震災で、多くの貴重な命が失われたことに哀悼の意を表しますと共に、大切なご家族を亡くされたり、住居などの貴重な財産や職場が失われたりし、今も甚大な被害に直面し続けている被災者の方々に、心よりお見舞い申し上げます。
当院を含めた民医連の多くの職員が、全国から被災地医療支援に参加しました。現地で被害の状況を直接見聞きした人はもちろんですが、支援に行かなかった人の中にも、多くの報道や映像で被害の状況を知るだけで、なんだか落ち着かなくなったり、落ち込んだり、何かしら心に変調をきたした人がいるかもしれません。特に、被害を受けた人を直接支援した人には、見聞きしたことが頭から離れない、抑うつ感、食欲低下、眠れないなどの障害が生じる可能性があります。実際に被災しなくても、被害を受けた人をケアする中で支援者が被害者と同じような心の傷を受けることを「二次受傷」といいます。医療関係、警察など、日頃から「受傷」や「死」に直面する機会が多い職業の人でも、誰もが起こりうるもので、二次受傷が生じた支援者は自分の傷に気づき、治療する必要があります。
前回と前々回、わが子を失った親や性被害を受けた女性との関わりをご紹介しました。その中で、彼女たちに対する周囲の無理解な言動(命があっただけでもまし、いつまでも悲しんでないで、早く忘れて、あなたにも落ち度があるなど)がさらに心の傷を深めることがあることをお話ししました。このような、周囲からの不適切な言動により、被害を受けた方がさらに傷つくことを「二次被害」と言い、私達医療従事者は、無意識のうちに患者さんに対して「二次被害」を受けさせないよう注意しなければなりません。しかし、同時に、自分自身が支援する中で心が傷つく可能性があることも知っておく必要があることを、今回お話ししたいと思います。
私たちは、性の健康教育の中で、性被害を受けた人を支援する取り組みについて学んできました。救急外来や日常の診療の中で、自分からは言い出せないでいるけれども、実は性に関わる被害を受けて受診している患者さんに、知らないうちに遭遇していることがあります。そのような方たちに遭遇したときに、「何かあるのかな?」というアンテナを張り巡らせると共に、その時、私達医療従事者が実際にやるべきこと、やってはいけないことを学ぶ勉強会を行う機会がありました。その際、参加者の中に、『ここで語られている被害を受けた人の心理が自分に当てはまる』と気づいた職員がいました。封印していた過去を思い出し、傷ついていた自分を思い出したのです。被害を受けた人の中には、自分の傷と直面しないで済むように、被害や事件そのものを記憶の彼方に封じ込め、普段はそのようなことがあったことも忘れていることがあります。その時の傷は、時間がたったからといって風化も治癒もせず、いわば”瞬間冷凍”され、受傷した時のままでいるのです。彼女は、その後、性被害を受けた患者さんと接しているうちに、自分自身に様々なPTSDの症状が出現しました。被害を受けた人の傷が自分自身に影響して生じた「二次受傷」です。そして、自分自身を癒す作業に取り組み、時間をかけて回復していきました。
人は、誰でも過去に心の傷を受けたことがあると思います。現在、なにか苦手だとか、嫌いと思っていることは、過去の傷に関連しているのかもしれません。あるいは、現在目指している進路は、無意識のうちに過去の傷ついた自分を癒したくて選んだ選択の可能性もあります。例えば、「小さい頃、学校や家庭で自分を認めてもらえなかった」「身内あるいは自分自身が病気になった時の医療従事者の態度がいやだった」など、自分に本来してもらいたかったことを誰かに行うことで自分自身を癒そうとすることがあります。そのこと自体は決して悪いことではありません。問題は、自分がして欲しかったことをして”あげる”態度をとり、支援する相手の主体性を奪ったり、思い通りの反応を得られなかった時に相手に対し拒否的な態度をとってしまう可能性があることです。また、自分のことをよく知らずにいることで、自分の能力、耐性の限界を超え、先ほどの例のように「二次受傷」を生じたり、バーンアウト(燃え尽き症候群)を引き起こすことがあります。
患者さんの立場に立った医療を行うことや、患者さんに寄り添う態度は、私達医療者としてとても大切な姿勢だと思います。しかし、その時に、患者さんのことを知ろうとする前に、自分自身を見つめることも忘れないでください。患者さんのつらい気持ちや、いろいろな被害を受けて傷ついた感情に接する時、自分自身をよく知り、自分が傷ついた時にはそのことを自覚し、自分を癒す作業も大切です。どうか、小さなことで良いので、自分を癒す方法を複数見つけてください。私も、最近は生ごみを肥料にするべく庭の土をほじくり返したり、その肥料を使って、小さな庭にいつか実のなる木を植えたいなあと想像してみたり、あるいは奮発してコンサートに出かけてみたり、と、ちょっとした心の癒しに励んでいます。
これから、医療従事者になろうとする方々も、趣味や楽しめることを今のうちにいっぱい探し、そして、自分がなぜこの道に進もうと思ったのか心の奥底に眠っているかもしれない自分を探してみてはいかがですか?
─参考資料
・災害時の「こころのケア」の手引き 東京都福祉保健局
・ガイドブック「災害 支援者ガイド」 全国CTR標準化委員会
丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター
前回は産科ならではの“誕生”に関わる患者さんたちとの出会いや、“母”としての生き方の危機に遭遇した人たちとのかかわりをご紹介しました。今回は、出産以外の場で“女性”としてのアイデンティティーを障害されかねない経験をした人達との関わりをご紹介します。
Bさんは、ある朝、彼の家から帰宅中、自宅の玄関まで来た時に背後から見知らぬ男に襲われレイプされました。彼女は、自分の力で警察に届ける勇気を持っていたので、自分で警察に被害届をだし、警察官に連れられて被害の状況を診察するために当院を受診しました。
私達は、性の健康教育を学ぶ中で、性被害を受けた人達への支援で最も重要なのは、本人の自己決定能力を最大限尊重することと学んできたので、Bさんには、これから行う予定の内容を伝え、診察の希望の有無を確認し、誰かと一緒に診察を受けたいか、診察の際はカーテンは必要かなど、一つ一つの小さな事柄でも、自分で選択、決定できることを伝えながら診察を進めていきました。
私たち産婦人科医は、性被害者の診療にあたり、診察の記録を残し、希望があれば緊急避妊ピルを処方したり、感染症の検査を行ったりします。性被害者への支援の中で産婦人科医が担える部分は、実はあまり多くはありません。多くの性被害を受けた方々は、その後、様々な精神的苦痛に悩まされることがしばしばみられるからです。その苦痛は被害直後から生じることもあるし、何年も経ってから生じることもあります。共通して言えることは、被害を受けた人は、産婦人科の診察と同時に、専門的な精神的ケアーを開始するべきだということです。
性被害の対応が進んだ国では、性被害を受けた女性が24時間受診できるセンターがあり、被害者が施設を回るのではなく、警察、医療機関、支援関係者がセンターに集まってきて、同時に様々な支援、援助が開始されるというシステムが存在します。日本でも、民間団体の一部が警察などと協力してこのようなシステムを作りつつありますが、まだまだ試験的段階にすぎません。ここ東京でもそのようなシステムは存在しないので、この時もBさんの精神的被害がとても心配でした。今は大丈夫でも、後から辛くなることもあるので、その時には私達に伝えてもらってかまわないことを伝え、次回の外来を予約しました。
次に来た時、彼女はやはり辛い状況に追い込まれていました。事件後、被害を知ったBさんの彼が「気分転換に映画に行こう」と誘ってくれ、映画に行ったけれど、場内が暗くなった途端、事件の時の恐怖心がフラッシュバックしてきて過呼吸を起こし救急搬送された、との事でした。精神科を紹介することも出来る旨を伝え、本人の希望もあったため、信頼できる女性精神科医を紹介しました。
数回、精神科クリニックに通ったそうですが、その後は通院も途絶えたと報告を受け、心配していたある日、全く別の用件で、当院の産婦人科外来を受診してくれました。まだ、完全に心の傷が癒えていたわけではありませんが、少なくとも、自分の体のトラブルを診てもらうという、前向きな姿勢が伺われ、そのお手伝いの相手に私達を選んでくれたということは、Bさんが被害を受けた時の私達の対応は、少なくとも彼女をさらに傷つけるものにはならなかったのだと安堵しました。
というのも、セカンドレイプと言って、性被害を受けた人が医療者、警察、周囲の人間からさらに精神的苦痛となる対応をされる2次被害が存在するからです。「本人にも隙があった」「そんな時間に外をほっつき歩いていたからだ」「挑発するような服装、行動だったから」などという、本人の行動に原因があったとする考え。「本気で嫌であったら、死んでも拒否したはずだ」「本当はよくても『いや』なふりをする」「深刻な被害ならそんなふうに平然としていられないはずだ」といった間違った迷信。それらに基づいた言動を「セカンドレイプ」といいます。まだまだ、世の中にはそのような考え方が蔓延していて被害者を苦しめることが多くあります。昨年、ある大学の飲み会で生じた集団強姦事件がマスコミで報じられたことをご記憶の方もいらっしゃるでしょう。その反応の中にも被害を受けた女性を誹謗中傷する声がみられたり、加害者の中に有能な(?)スポーツ選手が含まれていたため、罪を軽くするよう要望する声がみられたり、まさに全国的なセカンドレイプが行われていました。
数年前に性被害の経験をカミングアウトされた本がベストセラーになったり、各地の有志が性被害を含む暴力を受けた女性を支援するつながりを作ったりしつつありますが、それでも、性が絡む被害を、被害者が他の犯罪被害と同じように伝えることが難しい世の中です。その分、誰かに助けを求める機会がなく、また、自分の“女性としての存在”を強く傷つけられる経験を癒すことが出来ないままになっている人が大勢います。
そのような中で、Bさんを支援し、自分の力を取り戻す手助けが出来たのであれば、とてもうれしいし、産婦人科医になって良かったとも思います。
丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター
今回は、産科ならではの“誕生”に関わる患者さんたちとの出会いや、“母”としての生き方の危機に遭遇した人たちとのかかわりを紹介したいと思います。
あるご夫婦は、まだ本格的な陣痛になっていないいわゆる“前駆陣痛”の時期から3日間を陣痛室で過ごしました。「お腹を切ってくれ」と懇願されても、「大丈夫、あなたは下から産める!」と連日励まし続け、ようやく出産にこぎつけ、「先生が励ましてくれたお陰!」と大変喜び感謝して下さいましたが、夫殿は、陣痛室から銭湯に通う(しかもパジャマ持参)、という当院始まって以来の伝説を残しました。
また、3日とは言わないまでも、丸1日以上妻に付き添い、お産を乗り越え、我が子に出会った瞬間号泣した夫殿。あるいは、産まれてすぐに実施しているカンガルーケアー(産まれて間もない赤ちゃんを、すぐにお母さんの胸に抱いてもらい、赤ちゃんを安心させたり、自然におっぱいに吸い付けたりするよう援助するケアー)を「自分もやりたい」と、分娩室で早速上半身裸になり赤ちゃんを抱っこしていた新米パパ。お母さんの腰をさすったり励ましたりしながら自分の兄弟の誕生を応援してくれ、無事、赤ちゃんが誕生したのをみて嬉しくて泣いてしまった小さなお兄ちゃん、お姉ちゃん。医療者にとって「出産」というものは、母子が安全に経過しているか常に気が抜けず、緊張の連続のイベントですから、必ずしものんびり喜びに浸っていられるわけではないのですが、赤ちゃんの誕生そのものよりも、無事イベントを乗り越え、新しい家族の誕生を迎えるご家族の様々な姿をみて感動させられることもしばしばです。
生命の誕生という喜びの場面に関わる一方で、“母”“女性”としてのアイデンティティーが傷害されかねない事態に関わることもあります。
Aさんは、最初のお産で、妊娠9ヶ月の時に帰省先で死産を経験されていました。次のお産は私たちの病院ですることにしてくださり、慎重に管理していたつもりですが、10ヶ月に入ってまたしても子宮内胎児死亡。前日には赤ちゃんの元気な姿をエコーで確認していたのに、翌日お腹の中の動きが少ないと感じて、すぐに受診してくださったのですが、すでに赤ちゃんの心臓は停止していました。「間に合わなかった」というAさんの言葉が胸に響きました。少しでも赤ちゃんから何かメッセージを残してくれていないかと、解剖をお願いし、同意してくれました。小さな赤ちゃんの解剖は本当に辛かった。持ち望んだ命が自分のお腹の中で失われ、もう泣くことのない我が子を悲しみの中で分娩し、その腕に動かない赤ちゃんを抱くときのお母さんの辛さは、想像を絶するものがあります。しかも、2回も続けて起きるなんて…。
今でこそ、グリーフケアーといって、大切な人を失った人へのケアーが重要視され、我が子を失った親をサポートするグループも登場しています。今でも時々あるようですが、亡くなった赤ちゃんを見せるとお母さんがショックを受けるからといって赤ちゃんに会わせなかったり、このことは早く忘れるように伝えたり、泣いてばかりいないよう伝えたり、と医療者や家族、周囲の人達の無理解な言動が、子どもを亡くした親を更に苦しめることがあります。私たちは、現在、ご両親が少しでも事実を受け止め、悲しみを乗り越えられるよう、亡くなった赤ちゃんの形見を残したり、お産の後、ご両親と赤ちゃんが一晩一緒に過ごせるように環境を整えたり、サポートグループを紹介したりしています。
当時は、まだネット社会も十分発達しておらず、そのようなサポートグループを紹介することは出来ませんでしたが、それでも、ご両親の悲しみを少しでも癒す手助けが出来るよう、自分達の出来ることはやったつもりです。しかし、悲しみを乗り越えるには時間が必要です。Aさんの心の痛みがどこまで回復したか気になりつつも、私たち産婦人科スタッフとのおつき合いは次第になくなりました。
その数年後、再びAさんが外来にやってきました。妊娠しているとのこと。いろいろ心配でなかなか受診できなかったらしく、妊娠3ヶ月目に入っていました。私は彼女の気持ちが十分理解できました。望んだ妊娠ではあったでしょうが、また、あの辛い経験をするかもしれないと思うと、きっと病院を受診することを何度もためらったでしょうし、何より、辛い思いをよみがえらせるこの病院に足を踏み入れることそのものが、辛かったのではないでしょうか。それでも、Aさんがこの病院を選んで受診してくれたことに深く感謝しました。そして、診察してみるとなんと双子。子宮の中に二人並んで元気な心臓の拍動を見せている姿を、ご本人と一緒にエコーで確認しました。「あの子達が、帰って来てくれたんだ!」と涙を流される姿に、私も本当にそうかもしれないと思えました。
前回の解剖では大きなヒントをもらえなかったため、原因不明の子宮内胎児死亡がこれまでに2回あることと、双胎妊娠であるという大変なハイリスク妊娠と判断して、高次医療機関で周産期管理をお願いしました。転院先の病院から、妊娠途中から入院管理を行い、10ヶ月に入ったと同時に帝王切開で無事出産したと報告を受けました。その知らせに、本当にほっとし、ようやく生きて我が子を腕に抱く夢が叶えられたAさんの喜びを想像すると涙が出る思いでした。Aさんは、退院後、わざわざ私たちに赤ちゃんをみせに来てくれました。一人は先天性の病気があり、何度か入院して手術が必要とのことでしたが、命があるだけでも嬉しい、と話してくれました。
子どもを失うということは、母として「なぜ子どもを守ってやれなかったのか」と自分を責めたり、或いは理解のない周囲からも責められることもあったと思います。Aさんも、私たちには何もおっしゃらなかったけれど、随分「母としての自分」を責め、自信を失った日々もあっただろうことは想像に難くありません。3回目の妊娠の時に私たちの病院を再び訪れて下さった時、彼女を支えるお手伝いが少しは出来ていたのではないかなと思えましたし、産婦人科医をやっていて良かったと思いました。
そして、生命の誕生の現場以外でも、「女性」としての自分の存在を大きく脅かされる経験をする女性がいます。次回は、そのような女性とのかかわりをご紹介します。