start my doctor life

病院にやってくる人だけを
診るのが医療じゃない

― 伊藤 洪志 ―

東京民医連・やまと診療所/後期研修医(2011年~)東京民医連家庭医療
レジデンシープログラムにおいて、教育診療所のひとつである、やまと診療所に所属

訪問診療の世界を知って感じた
すぐ間近に潜む見えない患者の存在

私が医師を志したのは高校生のとき、祖母の訪問診療やデイサービスの現場に立ち会ったことがきっかけです。特に訪問診療という分野は自分がよく知らなかった世界。学生時代の実習でも特に印象に残った部分です。普段自分が何気なく通り過ぎている街や家の中に、高齢者や病気を抱えた人、寝たきりの人がいるということは、それまでに意識していなかったことでした。

特に今所属しているやまと診療所は高齢者の患者さんが多いのですが、訪問診療を通して「病院にやってくる人だけを診るのが医療じゃない」と感じるようになりました。また、世の中には経済的、社会的な問題を抱えて簡単に病院には来られない人もいます。そうした人も見捨てないのが民医連の医療ですが、「そんな理念を掲げた病院に入りたい」その思いで今の病院を選び、外来や訪問診療にあたっています。

相手との信頼関係づくりの大切さを学んだ
初期研修時代の“看取り”

初期研修は千葉の東葛病院で行いました。そこでは医師としての初期対応はもちろん、患者さんに対する姿勢についても学びました。ある癌患者さんに対し抗癌剤治療を行なうことになったのですが、薬を投与して1週間ほどで急変されて亡くなってしまったのです。最後は3日ほど泊まりこんで様子を見ましたが、医師として命の重みを強く感じた時間でした。同時に、良かれと思った治療でも、結果的にそうはならないこともあるという事実を目の前につきつけられたショックもありました。

しかし、自分が関わった患者さんで唯一解剖の承諾をいただいたのもこの方です。家族にしてみれば解剖に応じるのは容易な気持ちではないと思います。でもそれを許していただいたことで、自分が医師として相手と信頼関係が作れたのだと感じることができました。研修医でしたから多くのことができた訳ではありません。しかし、自分の心が重くても足を運び、患者さんにはできるだけのことをしなければなりません。そして医師である以上、家族にも信頼してもらえる存在にならなければいけない、と強く感じさせられた出来事でした。

離島研修で得たものは医療に対する広い視野

2013年3月に、沖縄の伊平屋島に1カ月間離島研修に行きました。人口約1300人、島の海岸線は34キロほど、医者が1人、看護師が1人の小さな島です。住んでいる人はさまざまで、子どもが都会に出ていってしまって独居になった高齢者はもちろん、中にはサトウキビの収穫期やモズク漁の時期だけ働きに来る季節労働者もいます。診療所に訪れる人も大人から子どもまでさまざま。中には無保険の人もいました。季節労働者の仕事は大変ですが、こうした人の中にも健康問題を抱える人がいて、若い人の働き方が健康問題にどう影響するのかといったことも考えさせられました。

小さなコミュニティだからこそ、社会の問題が凝縮されて見えてきて、トータルな医療の必要性について考えるきっかけになったと思います。いまの診療所では高齢の患者さんが多く、どうしてもそこ中心の考え方になりがちでしたが、年代に関係なくさまざまな人を診た離島研修を経験してからは視点が変わりました。目の前にいる患者さんだけではなく、その家族まで含めて普段見えていない部分もケアする医療を考えるようになったのです。今後は子どもに健康教育を施す夏祭りイベントなども考えていますが、離島研修で得られた視点のおかげです。

困難症例には必ず原因がある

医師としてミニマムな部分を学んだ初期研修を経て、後期研修に入ってからは、より民医連の医療について深い部分が見えてきました。初期研修のとき、救急患者に夜中に起こされることもありました。最初は「なぜこんな時間に」と思うこともありましたが、経験を積むにつれてそういう人の中には他に問題を抱えている場合があるのだと次第にわかってきたんです。例えばDVであったり、認知症であったり、問題を抱えているせいで通常では考えられないような行動を取る方がいます。これらの人たちは見えていない部分になぜこうなったのか、という原因が必ずあるんです。

診療を断られる人もいるようですが、民医連の医療はそうした方を見捨てないで積極的に診ます。こうした医療の道に踏み込むには民医連の考え方に対する共感も必要です。しかし、自分が辛かったり、嫌だったりする感情を持ってしまうときの方が医師として学ぶことは多いと思っています。病気に至った労働環境や健康教育の不足といったことなど、原因は必ずあります。向き合う難しさがあるのも確かです。でももう少し社会が良くなるといいなと考え、努力を怠ってはいけないと考えています。患者さんも仕事も「断らない」。それが私のポリシーです。

Message ― メッセージ ―

複雑な問題を抱えた人に向き合う努力を惜しまない

― 伊藤 洪志 ―

Profile

2009年3月筑波大学医学群医学類卒業。同年4月より東葛病院にて初期研修を開始。2011年4から東京民医連中野共立病院に所属し、診療所研修でやまと診療所に勤務。2013年4月より副所長を務める。2013年3月には沖縄県の伊平屋島で離島研修も経験。
◯趣味:海外旅行
◯医学生へ一言:身につけたい技術や専門内容で選ぶ研修も大事です。その中でも困難な問題に挑む姿勢も大事にしてください。