産婦人科医かずこ先生の課外授業 16

丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター


長年にわたりお付き合いいただいたこの課外授業ですが、私自身のセカンドステージへの舞台変更に伴い今回が最終回となります。毎回楽しみにしているというありがたいお葉書をエネルギーに、産婦人科医としてというより、一人の人間として感じたこと、考えたことを好き勝手書いてきました。最終回にふさわしい壮大な話題を探しましたが、やはり身近なところで感じたことをお伝えするのが私らしいと思いますので、いつも通りの身近な話題をお伝えします。

前回は、当院がGID(性同一性障害)に対する性別適合手術を開始する準備を始めたことをご紹介しました。その準備の一環として院内の学習会で当事者のお話を伺う機会があったり、先日参加した性科学会でもGIDをテーマとした様々な報告を聞いてきたりしましたので今回は、今回はそのことについてお話します。GIDは心の性と体の性の不一致と理解されますが、皆さん方はいつ頃から自分の性別を意識し始めたでしょうか。あるいは受け入れたでしょうか?私の場合、自分が「女の子」と呼ばれることに違和感を感じたことや、スカートをはきたくないと、ということはありませんでしたが、自分自身が女性という存在であることを受け入れるには時間がかかったように思います。自分が反対の性別である、という違和感ではなく、男でも女でもないものになりたかった、あるいは社会生活上「女性」として扱われることがいやだったということかもしれません。生まれる国や時代が違えば、このような感覚にはならなかったかもしれませんが、現代の日本において女性として扱われることが受け入れ難かったということでしょう。振り返ると、おそらく大学生の頃、女性として生きることを受け入れた、というより観念して現在に至るわけですが、昔から私の弟には「うちには姉はいない、兄がいる」と言われていたし、我が家に遊びに来たスタッフは、私と家族の会話を見聞きして「先生のところはお父さんが二人いるみたいですね」と感想を述べていて、決して「女っぽくなった」わけではなさそうです。 このように、誰でも完全に「男」や「女」としての自分があるのではなく、両方の要素を持っていて、その割合はすべての人で違うということだと思います。

今回の院内学習会では、当事者の方がこれまでの人生を振り返り語ってくださいました。小さい頃からの写真を紹介しながら、何かに違和感を感じ、生きづらくなっていく過程をエピソードと共に説明してくださったのですが、いくつか特に印象に残った話があります。

小さい頃から「男の子?女の子?」と聞かれるたびに、『男の子と答えるとウソになるけど、自分では女の子と思ったことはない』ので困ってしまい、その度に「あ、ごめんごめん」と気まずい空気が流れることを繰り返していること。自分では当たり前と思っていることが、「本当にそうなの?」と問い続けられ、自己アイデンティティーが周囲からやんわり否定され続けることになっているということ。

学齢期で『おとこおんな』とからかわれている人をみて、『次は自分の番だ、絶対変に思われないようにしなくては』と、自分を偽り続けたこと。

人には相談できない、自分だけでは解決できない問題にさらされ続けると、問題の存在そのものをなかったことにして封印してしまったり、話す価値のない話題だと勝手に思い込んでしまったりすること。

このように、自分らしく生きようとしても、自分の体のことや周囲との関係の中で何かとすれ違いや衝突が起こり、自分に何が起こっているのか、何に違和感を感じ、なぜ生きづらいのかということを語る言葉を持たない子どもの頃は、自分らしく生きることを認めてもらえない人権の問題でもあると話されていました。

先日参加した性科学会でもGIDの話題が多く出ましたが、制服があることで、学校に行きづらく不登校につながったりすることや、教師の方でもどう対応してよいかわからない、関わりあいたくないと思っている人が少なからず存在するということが紹介されていました。自分の中で生じた問題を、なかったことにしたり封印したり、大したことではないと思い込ませたりするというのは、何もGIDの方々に限ったことではありません。幼児期からの虐待、性被害、DV被害を受け続けてきた方々からも同じようなことを聞きます。

自分の中でいくら忘れさせようとしたり、なかったことにしたり、取り繕ってみても、根本的に自分らしく生きることを実現できない限り、つまり、社会や周囲がその困難を理解し、社会の中でその人がその人らしく生きることが認められない限り、問題は何も解決しないということです。

今年は「アナと雪の女王」が大ヒットしました。「ありのままの自分」。今回のGIDの学習会を通じて、私達の仕事はまさに、「ありのままの自分」で生きていくことを支援していく仕事なのだと実感しました。様々な疾患の治療だけではなく、その疾患やその他いろいろな問題を抱えながらも、その人が「ありのままで」生きていくことをお手伝いし応援していく。私の実践の舞台はこれからもいろいろと変わるかもしれませんが、それぞれの場所で、私なりに多くの方々の人生を応援していきたいと思います。

この課外講座におつきいただいた方々も、それぞれの場所で自分らしく活躍してくださることを願っています。では、皆さん方にまたお会いできる機会が訪れること期待しつつ、筆をおきます。

長い間ありがとうございました。


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