産婦人科医かずこ先生の課外授業 13

丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター


産婦人科の一般診療をやっていると、様々な相談を抱えた患者さんがやってきます。先日いらっしゃった患者さんは46歳。実は43歳頃に一度不正出血で受診されており、子宮筋腫があり、妊娠も希望されているということだったので、1日も早く妊娠に向けた努力(筋腫の治療や妊娠に向けた様々な治療)をすることを勧めた患者さんでした。

その患者さん曰く、以前受診した頃はまだ妊娠の準備が出来ていないと思ったので、漢方治療を行い、最近ようやく高温相が安定してきた。妊娠の準備が出来たと思うのでどうすればよいか?とのこと。その内容に、私は驚愕し、どう返答してよいものやらしばらく言葉を失ってしまいました。前回受診した時ですら、すでに妊娠するにはかなり困難な年齢であったのに、「まだ準備が出来ていない」と思い何年もの時を過ごしてしまった…。「ようやく準備が出来た」とおっしゃられても、失礼ながらこの年齢で、かつ以前よりも大きくなってしまった筋腫付き子宮では妊娠する可能性はおそらくほとんどないでしょう。確かに、当院での自然妊娠最高出産年齢は47歳。最高の条件が整えば妊娠することもあるかもしれないけれど、むしろ例外です。

少し前まで、高齢妊娠に関してのマスコミ情報は、「閉経した女性が娘さんの代わりにホルモン補充で妊娠・出産した」とか「50歳過ぎて出産した芸能人」など現代の医学をもってすれば何歳になっても妊娠することが出来る、と思えるような中身が多かったかもれしれません。世の中は、治療すれば何歳になっても妊娠できるようになっているのでしょうか?

最近でこそ、「卵子の老化」などという少々失礼な言葉でマスコミが取り上げることが多くなり、「卵活」という言葉も登場するほどに女性の妊娠における、主には卵子の限界について世の中が敏感になってきました。女性と卵子の関係は、卵子の一生を理解する必要があります。

有性生殖生物が配偶子を作成するときに、減数分裂が必要であることは生物学で習ったと思います(図1)。では、人の場合、男性と女性がいつ配偶子形成のための減数分裂を行うかはご存知ですか?女性の配偶子=卵子は、胎生16週頃卵子の大元となる卵祖細胞を作ります。その後、胎児のうちにすべての卵祖細胞は第1減数分裂を開始しますが、第1減数分裂前期のうちに分裂を休止し、女性がこの世に誕生するときには、卵子は永い眠りについています。再び分裂を開始するのは、排卵の直前。そこでようやく第1減数分裂を終了し、排卵の後第2減数分裂に入りますが、そこでまたストップ。受精して初めて第2減数分裂が終了します(図2)。排卵までの間、眠っている卵母細胞はどんどん数が減り続けますし、眠っている間に外からの刺激による染色体損傷も生じます。つまり、20歳の時に排卵した卵子は、20年前に分裂を開始した20歳の卵子。40歳で排卵した卵子は40年前に分裂を開始した40歳の卵子ということになります。一方男性の配偶子である精子は、思春期以降、精子の元である精粗細胞が作り続けられ、減数分裂を開始して約64日間で成熟精子となります(図3)。この差が、女性のみが年齢と妊娠の関係が問題になる大きな理由です。

体外受精を行うと、不妊症の人もみんな妊娠できるイメージがあるかもしれませんが、2010年日本産科婦人科学会が報告している体外受精の統計では、全年齢あわせて新鮮胚移植で1移植あたり出産率14%、凍結胚移植で22%でした。年齢が上がるほど出産率は低下し、ある大規模施設での報告では、35歳以下の出産率は3割以上なのに対し、40歳以上では1割以下でした。つまり、卵子の年齢が妊娠に与える影響は大変大きく、卵子バンクがある米国などでは、40歳以上の不妊治療には卵子バンクの卵子を使うことを勧められることも多いそうです。

先ごろ日本生殖医学会が未授精卵凍結保存についてのガイドラインを発表しました。それまで、がん治療などで卵巣機能が温存できない可能性のある女性に対して行われていた医学的適応での「未受精卵凍結保存」が、若い頃の卵子を将来のために保存しておきたい未婚女性にも実施されてきている実情にあわせ、利用者と提供施設双方が留意すべき事柄について決められたものです。そこには「40歳以上の卵子の凍結や、45歳以上の凍結卵子を使った不妊治療は推奨できない」とされており、「生殖可能年齢が過ぎた場合は、通知の上で破棄することが出来る」などといった内容が記載されています。

では、これはどの程度女性にとって朗報なのでしょうか?これまで受精卵に比べ未受精卵は非常に不安定であり、凍結、融解の際に損傷されることが多く実用的ではないとされていましたが、技術が進み出産率が上がったので最近世の中に登場してきたようです。しかし、その出産率もせいぜい10%前後。施設の技術による差もまだまだ大きく、また、保存期間中は保存のための料金が必要です。そして、卵子がいくら若くても、妊娠時の年齢が高ければ母体の命に係わる合併症の発生率はあがりますし、何より自分の経験から言わせてもらえば子育てには体力が必要。

選択肢の一つとして考えるのはよいとして、生物学的に妊娠出産に適した年齢に出産しない、あるいは出来ないのは果たして女性のせいだけでしょうか?若者世代のワーキングプア問題。また、妊娠を希望する女性にとってほとんどの職場はブラック企業といわれています。多くの女性にとって、ワークライフバランスのための環境充実の方がよほど朗報だと思うのですが。


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