産婦人科医かずこ先生の課外授業 15

丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター


妊婦健診を担当しているときに胎児の性別を聞かれることの苦悩から、人の性は多様であるという話を随分前にしました。今回は、当院でも性同一性障害の治療として性別適合手術を開始する予定ですので、そのことをご紹介します。

性同一性障害(Gender Identity Disorder:GID)は、新しく導入されるDSM-5※1からは「性別違和」という概念に変更されますが、まだまだ世の中では性同一性障害(以下GID)が一般的なので、ここではGIDという言葉を用います。

よくバラエティー番組で、「オネエ」と呼ばれる方々が登場しますが、この方たちとGIDの何が同じで何が違うのでしょうか?  よく見てみると、セクシャリティー上一括りに出来ない方々をひっくるめて「オネエ」としてみんな認識してますね。身体は男性だが見かけ上女性っぽい人を「オネエ」としているようです。では、「ゲイ」や「オカマ」、「ホモ」「女装家」という言葉はどうでしょう?

それぞれを説明するための言葉として「性同一性:sexual identity」と「性指向:sexual orientation」があります。「性同一性」は、自分がどの性別に属するかという感覚のことで、身体的特徴や育てられ方にかかわらず先天的に「自己の性に関する確信」があることがわかっています。「性指向」は、ある個人のエロティックな欲望や感情の向けられる対象が何であるかということで、異性愛(ヘテロセクシャル)、同性愛(ホモセクシャル)、両性愛(バイセクシャル)があります。

では、この言葉を使って先ほどの言葉を説明すると、「ゲイ」は男性と自認している人が、性愛の対象を同性に求めている人、「ホモ」は性自認がどちらの性かにかかわらず、同性を性愛の対象としている人、「女装家」は性自認はどちらかは問わないが男性の身体の人が女性装をする人となります。「オカマ」は男性の身体で性自認が女性の人、ということになりますが、「オカマ」という言葉には軽蔑を含んで使われることが多く、自分で自分のことを表現するときにはよいとしても、人を指して使う言葉ではありません。と、解説はしてみたものの、人のセクシュアリティーによって人を分類するのは個人的には好きではありません。分類することにどれほどの意味があるのでしょうか?私はマツコデラックスさんが好きですが、それは彼女(彼?)のセクシュアリティーには関係なく、発言内容が鋭くキレが良いからです。マツコさんが自分のことを男と思っていようが女と思っていようが、どの性別を好きになろうが関係ないのです。発言内容のキレキレなところの根源には、これらの要素が関係しているとは思いますが、だからと言ってマツコさんを分類する必要はないと思うのです。

さて、本題のGIDです。GIDは一般的には身体の性と心の性の不一致と理解されています。DSM-5では「少なくとも6か月続く、経験した/表現した性別と、指定された性別との著明な不一致」とされていて、強い違和感、現在の性別から解放されたい、反対の性別になりたい、扱われたいなどと思うという形で表現されます。GIDの診断と治療に関しては、医療者が守るべきものとして日本精神神経学会と性同一性障害に関する委員会が作成した「性同一性障害の診断と治療のガイドライン」があり、その中で身体的治療の一つとして“性別適合手術”があります。

GID治療の最終目標は、GIDの方が望む性別で社会の中で適合していくことです。望む形、方法はそれぞれに違うので、一人一人に合わせて治療を進めていきますが、問題は日本のGID診療体制の現状です。日本でも戸籍の変更が出来るようになっているし、身体を望む性別に合わせるホルモン治療も手術も行われていますが、世の中の多く(医療従事者も含め)の人がそのことを知りません。それもそのはず。日本のGID治療は20年前にようやく幕が開けたからです。しかもその前にはGIDの暗黒の時代ともいうべき30年がありました。1969年に男娼に対し、睾丸摘出、陰茎切除、造膣術を行った産婦人科医が優生保護法違反で有罪判決を受けるという事件がありました。この判決はこの手術が医療行為であるとするために行っておくべき、十分な診察、検査、検討、説明と同意がなされていないことが根拠となったにも関わらず、「性転換手術=優生保護法違反」であるという認識のみが特に医療界に広まってしまったのです。1997年GID診療と治療のガイドラインが作られ、それをもとに1998年埼玉医科大学でのFTM※2に対する性別再判定手術が日本で初めて公式に行われるまで、30年近くGIDの治療の時計は止まったままになったのでした。

治療の詳細を述べるスペースはないので概略を説明すると、ガイドライン上、治療は精神的治療と身体的治療があり、身体的治療を開始した後も精神的治療は継続することになっています。治療を希望する人はまず、ジェンダークリニックで身体的性別、除外診断を含め検討され2名の精神科医が一致して「GID」と診断し確定します。精神的治療を開始後も身体的治療を希望する場合、身体的治療として、ホルモン療法、乳房切除、性別適合手術の適応を判断します。この順番はどれから始めてもよいことになっています。

性別適合手術はFTMでは卵巣摘出、子宮摘出、尿道延長、膣閉鎖、陰茎形成があり、MTFでは精巣摘出、陰茎切除、造膣、外陰部形成術があります。2003年に成立した性同一性障害の特例法の中で、戸籍の性別変更に必要な要件として「性腺がないことまたは性腺の機能を永続的に欠く状態にあること」「他の性別の性器の部分に近似する外観をそなえていること」がありますので、戸籍変更のためにはFTMは子宮、卵巣摘出が必須、MTFはほぼすべての手術が必須ということになります。それ以外の手術は、本人の希望の範囲で実施します。

ここで、FTMにおける子宮、卵巣摘出というのは、実は子宮筋腫や卵巣腫瘍で婦人科ではごく一般的にされている手術と同じです。しかし、婦人科医の中での関心が低いことや、健康保険がきかず自費診療になること、性別適合手術判定会議など手続きが必要などから、国内でこの手術をガイドラインに則り実施している施設は数件しかありません。そのため、多くのGID患者が外国で手術を受けている現状があります。

当院ではすでにFTMの患者さんにホルモン治療を行っています。そして、当然子宮、卵巣を摘出する技術もあります。そこで、外性器の変更術までは出来ませんが、希望するFTMの患者さんに性別適合手術として内性器摘除が実施できるよう、現在準備を進めています。

※1 アメリカ精神医学会発行「精神障害/疾患の診断・統計マニュアル」
※2 FTM:身体が女性であり男性へ変更希望のもの、身体が男性であり女性への変更希望のものはMTF


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