産婦人科医かずこ先生の課外授業 09

丸橋 和子
東京民医連・立川相互病院産婦人科
ティーンズセクシャルヘルスプロジェクト・スタッフドクター


当院では分娩を取り扱っているので、もちろん周産期管理のための妊婦健診外来を行っています。これまでご紹介してきたような、マニアックな趣味的診療(更年期、性感染症、DV、性被害、骨盤臓器脱などのウーマンヘルスヘア)を得意とする私も、産婦人科集団の一員として妊婦健診を行います。自分自身の妊娠中や子育て中の小ネタを取り入れながら診療を行っていて、出来れば1回は笑って帰ってもらえるよう努めています。

ところが、超音波検査で胎児や胎盤・羊水の様子の観察を終え診察を終了しようとすると、毎回ほとんど聞かれる「どっちかわかりますか?」の質問には、正直閉口しているのです。「どっち」と言うのは、もちろん“男"か“女"かということです。いえ、観察を終えお腹のエコーゼリーを拭き取った後に聞かれる、というのはまだいいのです。もったいないけど、またゼリーを付け直して再度お腹をみればよいだけのことですから。これをお読みの方は、「毎回聞かれるのがわかってるなら、最初から性別見て教えとけばいいじゃん。かず子先生って学習能力無いんじゃないの?」と思われるでしょうね。では、今日は、かず子先生がどうして毎回性別を聞かれるのがわかっていながら、先に教えてあげないか?について書くことにします。

皆さんがもし妊娠(あるいは妻が妊娠)して、自分の子どもの性別を生まれる前に知りたくなった時、どのようにしますか?

  • ①羊水検査で染色体検査をする
  • ②占いばあさんにお腹の形や妊婦の顔の険しさで占ってもらう
  • ③お腹の外から、子どもに問いかけてみる
  • ④超音波検査で外性器の形をみてもらう

①の羊水検査は、現在は主に染色体同定のために行われており、何らかの理由で胎児の染色体を調べる時に行います。最も多く行われる理由は、最近の妊婦雑誌で「血液検査で赤ちゃんの異常がわかる」などという触れ込みをみて、母体血清マーカー試験を行いその結果染色体を同定する、ということだと思います。このことに関しても言いたいことが山のようにありますが、紙面が足りないので、今回は述べません。子宮を穿刺して羊水を採取するので、合併症として感染、破水、胎児損傷が起こりうる検査で、染色体検査の結果は常染色体のみ知らされ、XX、XYといった性染色体の結果は知らされません。

②の占いばあさんは、しょっちゅうお目にかかります。私も妊娠中、患者さんから「お腹が飛び出してるから男の子ね」と言われましたが、第1子は女でした。まあ、目を閉じて占っても半分は当たりますけどね。

③は、お腹の外から赤ちゃんと触れ合いたい人にはいいかもしれませんね。もし、赤ちゃんが自分の性別を理解していればの話ですが。

④これが、私を悩ます選択肢です。では、人の性別は何をもって決められるのでしょうか?④を選ぶ人は、ペニスが付いていれば男、無ければ女、ということですよね。それならば、IKKOさんは「男」でしょうか?ご本人は「女」と言っています。はるな愛さんはどうですか?すでにペニスをお取りになっているので「女」でしょうか?三輪明宏さんはどうでしょう?もう性別を超越しています。

オネエの登場で、性同一性障害が一躍有名になりました。体の性と心の性の不一致ということです。医学的に「性」を語るとき、その人の性別を決定する生物学的要因には次の4つが関係します。

  • ①遺伝子の性
  • ②性腺の性
  • ③ホルモンの性・性器の性
  • ④脳の性

①は性染色体のX、Yのうちどちらをもっているか。典型的な例はXXで女、XYで男ですが、数が違う人もいます。②、③の異常で、染色体と外見上の性が違うこともあります。

②卵巣、精巣のどちらをもつか。ヒトは未分化の段階ではすべて卵巣に分化するように出来ています。Y染色体上のある遺伝子が働いて初めて精巣がつくられます。

③ホルモンの影響が無いと、ヒトは自然の状態では女性型の外見になります。性腺(精巣)から出てくる男性ホルモンの影響で、内・外性器が男性へと分化していきます。ホルモンを受け取る“レセプターが欠損する"という異常があると、精巣があっても外性器が女性のまま(外見が女性でも、内性器である子宮はありません)です。

④脳の中の神経回路に男女差があると知られています。ショウジョウバエの実験では、脳の神経系に働く蛋白の影響で、オス型性行動を起こさせていることがわかっています(この蛋白が働けばメスでもオスの行動をとり、働かなければオスでもメスと同じ行動をとる)。

さて、理解できましたか?私だって、今、教科書を見ながら書いています。

①~④の全てが一致しているかどうかは、生まれてみないとわかりません。おまけに、性を認識する上で重要な次の2点。

自分がどちらの性と認識するか(セックス/ジェンダー・アイデンティティー)?

どちらの性を好きになるか(セクシャル・オリエンテーション:性指向)?

体の性、心の性、性指向。「性」って多種多様な組み合わせがあるとお解りいただけるでしょうか。セクシャルマイノリティーと言われる同性愛指向でも、人口の5%を占めます。決して、テレビに出ている人だけの特別な世界ではないのです(もちろん、病気・異常ではないので治療する必要なし)。

というわけで、「どっちかわかりますか?」の質問に、短い診察時間内でこんなにたくさん答えられないので、出来れば性別には触れて欲しくないと願っているのです(何より、産科医としては胎児の健康状態の方が重要なのであって、性別はどちらでもよい)。聞かれたら「うーん、見た目は○○かもね。でも、大きくなってみないと脳みその性別はわかんないからね~」と答えています。「それはそうですね」と言ってくれる妊婦さんが増えたのは、オネエマン達の功績でしょうね。


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